怪談靴磨き

ふだんはあまり気にしない部分だけれども、スーツ仕事な人にとって靴ってのは意外に大事な身だしなみアイテムである。なんでもホテルのフロントな人なんかは、お客さんの身だしなみチェックをするのに靴を見るんだそうだ。スーツやネクタイ、時計などなど、いろいろなアイテムはあるんだが、その中でも靴に金をかけるのは一番最後になりがちだからなんだとか。ふーむ、だとすればたとえ6,980円のダイエースーツ北朝鮮産でも、靴さえコダワリの一品を履いていれば下にもおかぬ待遇をしてくれるようになるかもしれない。
ならないかもしれない。
それはともかく、私も靴には金がかかってない。とはいえ履いているのは一応革靴である。これは一度手入れをしておいたほうがよいのではないだろうか。思えば靴に対しては今までずいぶんツラくあたってきた。ボロボロになるまで履きつぶした靴のみすぼらしさはよく知っているつもりだ。ボロの革靴には、持ち主に「俺って貧しい……」と心底思わしめるなにかがある。
というわけでわざわざ靴クリームを買ってきて磨いてみた。ブラシで埃を落としてからクリームを全体にスポンジでうすーく丁寧にのばす。手にクリームがついて黒くなり、小学校の習字の授業を思い出す。しばし物思いにふける。あのころはとにかくデっかい字を書いていればよかったんだなあ。ワープロでそんなことやった日には殴られそうな話ではないか。すると5分くらいはあっという間にたつので、クロスできれいに磨き上げて完了。
おー、綺麗になった綺麗になった。まさに新品同様の輝きである。すばらしい!やー、なんつーか幸せな気分になるもんですな。
でもたまに磨いて綺麗になった靴をまじまじと見ていると、今までの不精がたたってずいぶん痛んでいることにも気がつく。あぁ、そろそろ新しい靴を買ったほうがよいのではないだろうか。せっかくだから少しいい靴を買って、今度こそちゃんと手入れをするようにしたほうがよいのではないだろうか。
かくして壱萬円札は巣立ちを間近に控えた雛鳥のごとく、その翼を広げるのであった。
恐ろしい話である。