豪華な昼飯

なんでも父親が札幌に出てくるらしい。最後に会ったのは確か12月。大して久しぶりというわけでもないが、昼飯をおごってくれそうな雰囲気でもあるし、ひょこひょこと出かけることにしようではないか。自炊は面倒だし、外食は金がかさむ。ただ飯というのは実に偉大だ。ただめし万歳。アナタのためなら大抵のことはやってのけようではないか。ひょこひょこ。今回はバスを利用して駅に行くだけ。むふふ。これなら毎日だって父親に札幌まで出てきてほしいものだ。

で、色々と候補はあったのだが、せっかくなので普段は食べられないものを食べてやろうではないかいということで天麩羅屋の暖簾をくぐることに。昼から天麩羅である。ああほのかに漂う胸焼けの予感。ううむやはりただ飯だと選ぶものが違うぜ。いつもはせいぜいが地下食堂の醤油ラーメン320円だというのに、今日はなんたってすたみなコース2300円である。それだけあれば少なくとも3日は食えるに違いない。しかし、父だってそれほど楽な生活をしているわけでもないだろうに、一体どうしたというのだろう。気でも触れたか。しかしあからさまにアヤシげな視線を注いでは逆にこちらがアヤシまれるので、表面はあくまでもにこやかに近況などご拝聴つかまつるといった態度でいなければならない。まあ、気が触れていようといまいと天麩羅は天麩羅。ばりばり食うぜ。食って食って食いまくるぜ。この分なら天麩羅が途中からパン粉バリバリのあつあつフライに変わったところで気がつくことはあるまい。お好み焼きだってOKである。

ともあれ、注文してから実際にブツが出てくるまでには少々時間がかかる。そこで社会人として身につけたさわやかナイスガイ風愛想笑い(自称)をふりまきつつの雑談がてら、ざっと店内を見まわしてみることにした。昼時ということもあってか、かなりの人の入りである。ほほうなかなか儲けているようではないか。これなら私がたとえあまりの無能振りに公務員をクビになろうとやとってくれるやも知れぬ。天下って天麩羅屋。いい感じだ。それにしても店のド真中で天麩羅をあげるとはなかなか見上げたレイアウトだな。そう言えば向かいにあるうどん屋はラジオの公開番組さながらにガラス張りの向こうでうどん打ちを披露していた。どうやらこの界隈の飲食店はなかなかショーマンシップが旺盛であると見える。そのうち店頭で華麗な電子レンジ使いを披露してくれるファミリーレストランなども見ることができるようになるかも。ああ楽しみで楽しみで夜も眠れず昼眠る。しかし女将さんの方はいかにも女将さん然としていてまったくもって女将さんなのだが、もう一人の店員さんがなかなかレベルが高い。あまりねめまわすのもよくないのでじっくりと見とれることができないのは残念だが、やはり和服というのもいいものだ。しかしなんだか最近女性のこととなると我を忘れて書き進めてしまうのはなぜだろう。そんなに飢えているとでも言うのか。がるるる。早く天麩羅を持って来い。

そして天麩羅はやってきた。どうやら揚がった順に持って来てくれるらしい。食べ終わった頃に次の天麩羅。そして食べ終わるとまた次の天麩羅。これぞわんこそば式天麩羅給仕法である。なんと至れり尽せりのサービス。ああ、しかも衣がさくさくしている!これは普段コンビニの店頭でふやけてべにゃべにゃになってしまっている天麩羅ばかり食べている私にとって、まさにカルチャーショックというにふさわしい出来事であった。そうか、天麩羅ってのはさくさくしているものなのか!ううう感動ものである。今まで麩だと思っていたものが実はポテトチップだったというような衝撃。あとのせサクサクのどん兵衛よ、お前は正しかったッ!と、拳を握り締めると先ほどのお姉さんが番茶をついでくれた。うぐ。恥ずかしいところを見られてしまった。マイナス5ポイントってとこだろうか。いやっ、ひょっとしたら逆に「私ってこういう謎なアクション野郎が好みなの♪」ということもあるかもしれん。いやあ参ったなあでへへ。でへへと言いながら天麩羅をばりばり食う。見事なまでに馬鹿丸出しというやつである。

と、父の食が進んでいないようだ。どうしたのだろうか。まさか息子がアヤシいということに今更気付いてショックを受けたのだろうか。随分とセンシティブな父親を持ったものである。が、話を聞くとなんと驚いたことにもう昼飯を済ませてしまったらしい。ふ〜ん。会議の後の懇親会で弁当が出たんだ。じゃあ仕方ないね……ってちょっと待て。それで俺と同じ「すたみなコース」を頼んだって言うのか?そんなに胃袋に自信があったとは今の今まで知らなんだ。なぬ。しかも自分の分は食べてもいいなどと仰る。いやそうは言ってもですね。そんなにいっぱい食べるというのは、ほらまだ昼だし。それよりなによりそんなに同じもんばっかり食ったら飽きるでしょうが。どうせならもっと別のコースを頼んでくれればバラエティに富んでより素晴らしい昼食になったというのに……くくぅ。え?そりゃもちろん食いますとも。ええ食いますともさ。ばりばり。結局食ってりゃ幸せなのである。こういうのをきっと能天気とかそういう言い方をするのだろう。ばりばり。うむ、やっぱり海老の天麩羅がウマい。

結局ほとんど二人分の天麩羅を平らげてしまった。さすがに腹いっぱいである。満足。ああ、こんなに腹いっぱいになったのはトンカツ屋でご飯をおかわりしすぎた時以来だ。父に感謝。やはり持つべきものは飯をおごってくれてしかも直前に食事を済ませた父親である。そのあとデパートの地下で釧路の母に土産を買い、コーヒーを飲んで時間をつぶしてから父は帰っていった。正味2時間の再会である。なんというか、実に実りの多い2時間であったと言えよう。しやわせ。天麩羅屋の店員さんもよかったしなあ。にょほ。というわけで足取りも妙に軽く私は家路についた。途中雪まみれの札幌で何度かスっ転びそうになったのはもちろんヒミツだ。

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