冬眠も暁を覚えず

どうも最近寝坊で困る。
 私が出勤する時間は今のところ7時37〜8分ということになっている。私は普段からバス通勤で、斜陽の趣が見られる公共交通機関へ少しでも貢献することをもって自認しているのだが、夏場なら7時45分まで粘り、ニュースがちょうど地方版から全国版に切り替わったあたりで部屋を出るという芸当ができたものだ。職場についてもせいぜい8時を少し過ぎたくらいである。だが冬になって雪がどっさり積もり、3車線あった道路がいつの間にやら2車線になり始めた頃になると、到着時間に明らかな差が見え始めるようになったのである。下手をするとNHK朝の連続テレビ小説を見ている某課長と鉢合わせ。しかもそれに加えて、夏であれば自転車で登校していたのであろう高校生どもが大挙してバスに押し寄せてくるのだ。これはたまらん。最近女性に関して異様な文章を書く傾向がある私であるが、高校生に関してはよほどレベルが高くない限り冷淡である。む、今降りた娘はなかなかよかった。将来が楽しみだ。82点。気分はすっかり光源氏である。稚児のそら寝。そして蛇には足がある。どうでもいいけど某課長って誰だ。

ともあれ、出勤時間が遅れるというのは私にとっては大問題。まだ他には誰も来ていない広々とした静かな部屋で、ゆっくりとWebを見るのはまさに極楽なのだ。これは少々の犠牲を払ってでも死守せねばならない。いや、見てるのは朝日新聞だけだってば。違う。断じて雑文のページなど読んではおらん。自分のページのアクセスチェックをして一喜一憂などしていないんだってば。雑文のページを読みながら思わず含み笑いをもらして、向かいの席の人に訝しげな視線を投げられたりは断じてしてないぞ。いや、だから信じなさいとは言わないが、そろそろ世の中には本音と建前という複雑怪奇な決まりがあることを覚えてもよさそうな頃ではないか。ええい、せっかくあるLAN資源を使わないのは資源の有効利用に逆行する思想じゃないか。第一、昼休みはトラフィックがかなりのものだしな。

また話がそれた。そういうわけで、職場への到着時間が遅れるというのは大問題なのである。勤勉実直を旨とし、公共の利益の増幅にこの身を捧げるつもりもなしとしないことはないかもしれない私としては、やはり夏の頃と同じく8時前後到着をキープしたいところ。とすれば、考えられる方法はいくつかある。第一は交通機関を変えることだろうか。そうだ。地下鉄なら雪が降ろうが槍が降ろうが気が触れようがいつも同じダイヤで通えるではないか。すばらしい。これこそ日本の、いや世界のサラリーマンにとっての福音である。雪で簡単に遅れるJRなにするものぞ。私鉄が走っていない北海道なにするものぞ。地下鉄こそが世界を救う。ビバ地下鉄。……待てよ。よく考えたら寮からだと一番近い地下鉄の駅まで10分、いや15分はかかるな。最近は寒くて外を歩くのはつらいし、雪が降りまくって道路はツルツル。おおくわばらくわばら。そもそも15分あったらその間にバスが職場に着いちゃうじゃないか。……ハん。やっぱり地下鉄はダメだね。もうぜんぜんダメ。2乗してしてさらに48をかけ、その上で19を引いた後に256乗したくらいにダメ。そもそも適当に駅をどかんと建てて、乗りたきゃここまで来て見やがれってぇその根性が気に食わん。文句があるなら寮の地下にも駅を作りやがれってんだ。へん、却下だ却下。というわけで地下鉄は没。タクシー?ううむ魅惑的である。バス通りは比較的交通量も多いので、朝っぱらからでもけっこうつかまるし、いいかも。しかし毎日職場に行くだけで1000円某も払えるだろうか?ちょっと計算してみよう。1ヶ月に20日仕事に行くとして……2万。問答無用で切り捨ててやる。この季節に自転車に乗るほど冒険野郎でもないし、やはり結局バスになるのか。う〜、となるといやいやではあるが「頑張って早起きをしようほら朝日がまぶしいじゃないか♪」という風に話を持っていかざるをえない。わかっちゃいたが。

しかし、何度も何度も何度も何度も言っているように、早起きは私のもっとも苦手とするところである。そもそも大学時代にクロ猫ヤマトのバイトをしたのが悪かったのだ。田舎では選択の余地は非常に少なく、短期で稼ぎたいとなればそれしかなかった。ああ大学3年の夏はもう二度と帰らない。夕方の6時に出発して、帰ってくるのが朝6時。そんな生活をたとえ1ヶ月であれ毎日のようにしちゃあ、もう早起きのことなど夢のまた夢であろう。ああ恐ろしい。そんな奴にあと30分早く起きろなどと言ってみるがいい。殴られるのは当然として、その後降り注ぐ「おにッ、アクマッ」の金切り声はあなたの鼓膜をやぶりまくってまだ足りぬとばかりに脳味噌をシェイクしてくれるに違いない。クロ猫ヤマトのアルバイターを侮ってはならぬとはまさにこのことだ。ああ、しかしうきうきネットライフ……じゃなかった国民の福祉のためにはどうしたってもっと早くに部屋を出なければならない。くぅぅのよよよのおいおいおい。私は涙を飲んで目覚し時計を30分早くセットし直した。これで明日から早起きばっちりボーイに大変身である。ああ嬉しい。う、嬉しさのあまりまた涙が。

もちろん、目覚し時計のセット時間を早くしたからといってこの私があっさり早起きできるようになったと考えるのは大間違いである。
 そして私は大間違いであった。
 目覚し時計というのはたいてい一度鳴り出しても任意の操作によって止めることが可能なつくりになっている。ブっ壊さない限りは止まらない目覚し時計というのも、そこまですれば興奮のあまり目が覚めることを考えればほしい気はするが、残念ながら手元にはない。従って私はあっさり目覚し時計を止めてしまうのだ。いっそのこと極寒の地である窓の外あたりに出しときゃいいんじゃないかという案も有力だが、それは鳴っているのかいないのかさっぱりわからず、安眠の後に最強の目覚ましである職場からの電話が来てしまう。それはなんとしてでも避けねば。ちなみにデッドラインは8時半であり、ここまでの約10ヶ月で私はその線を二度踏み越えた。あそこまで恐れおののいて電話に出るというのもそうそう経験できるものではない。ここはぜひ一度試してみることをお勧めしよう。人生観が変わる可能性だってあるぞ。今なら特別に訓告処分もプレゼントだ。

まあそんなことはどうでもよい。時に、私の目覚し時計には一つ問題があるのだ。というのは一度止めても5分後にはまた鳴り出すというその機能。ひょっとして二度寝防止か?ううむそこまで考えられているとはなかなか馬鹿にできぬ。馬鹿にはできぬが問題というのはここにある。
 目覚し時計が鳴る。ああ、もうそんな時間かむにゃむにゃ。うう、今日も寒いなあ。でもふとんの中はあったかい。うふふ。でも目覚し時計が鳴ってちゃゆっくりぬくぬくもできないじゃないか。えい。ぷち。えへへ、止めちゃった。でもどうせまた5分経ったらまた鳴るんだからいいよね。
 ……あう、もう5分経ったのか。う〜眠い。ああ、でもまだこんな時間。ぷち。いいよね、まだ寝てても。まだ十分いつもの時間には間に合うもんね〜。もへへへ。
 ……うぎ〜。そろそろ起きた方がいいかなあ。ぶるる。サムっ。うううこんな寒い日に早起きなんて体に悪いよなぁ。うん。やっぱりなにごとも一気にやろうとしちゃいかん。よし。ぷち。
 ……ぷち。
 ……
 ……
 ……
 ……ぎゃあ。がばっ。わたわたあせあせどんがらがっしゃんどすめきゃごろんがちゃんすってんころりんぶぎゅるうわあああッ。
 一体なにを踏んづけたというのだ。

ともあれ、また5分後に鳴るというのが仇なのである。これがもし一度鳴ったらもう二度と鳴らぬというのであれば、そのあまりのスリリングさにひょっとしたらきちんと起きられるようになるのかもしれないが、この場合にそのスリリングさというのはない。また鳴るから大丈夫と言いつづけた結果一時間が経過してしまい、結局慌てて跳ね起きるというのは上に書いたとおりで、実はここ数日続けて同じ過ちを繰り返していたりする。自らの学習能力のなさにびっくり脱帽である。つまり、安心を枕にして寝ているというわけだ。これでは全然目覚ましの意味をなしていないではないか。なんとかしなければ。しかしなんとする?考えろ。考えるんだ。地球の明日はお前の掌の中にあるのだぞ。う〜ぬぬぬぬ。

というわけで私は考えた。朝も昼も夜ものべつまくなしに考えた。その間仕事は滞りっぱなし。もうちょっと他に頭を使うべきこともあるような気もしないではなかったが、残念なことに私は近視であった。眼鏡なしでは車を運転しちゃいかんという人間なのである。こと自らに都合の悪い事に関してはほとんど盲目であるという素晴らしくご都合主義的な近視であったりもする。えへん。そんな奴の導き出す結論などというのはたかが知れているものだ。
 地球の明日などいらん。もっと寝かせろ。
 そして私は昨日も今日も明日も寝坊に悩まされるというわけだ。きっと10年後だって100年語だって悩んでいるに違いない。ああ、でもあったかいふとんってのはいいよなあ。ぬくぬく。
 ま、Webは仕事中にでも見りゃいいさ。

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