技術用語は知らなきゃヤバい?

小難しい「用語」のせいでPCが売れない?__という調査がAMDの調査部門から発表されています。1500人を超える消費者を対象にした理解度調査で、全部で11の設問にすべて正解したのはわずか3%。「MHz」という用語を知っている消費者も全体の65%しかいなかったんだとか。「用語に疎い層」はなかなか新技術を搭載した製品の購入に踏み切れない、という結果もあるようです。

とはいえ、調査対象の抽出方法なんかがよくわからないのであんまり信用しすぎるのもアレなのかもしれません。AMDでは以前からCPUのスピード表記をモデルナンバーという独自の性能指標値に変えていて、T's Diaryさんではそのへんのカラみで『販売戦略と言えばそれまでなのかもしれないけど、ちょっとずるい気がしないでもない...』という感想を述べてますね。こういう考え方も必要だと思います。が、普段からPC購入の相談を受けるたびにメモリとHDDをごっちゃにされたり「クロックってとりあえず高いほうがいいんでしょ?」とか言われたりする身としては、「技術用語」に対する理解度ってのはまあこんなもんかな、という気がするのもまた事実。


というわけでまずは今回の記事や、以前AMDのPatrick Moorehead氏がZDNNに寄稿した『「言葉」のせいでPCが売れない』という記事ではどんな結論になっているのかを見てみようと思います。読んでみたところでは、それぞれ

というあたりがキモになっているみたいですね。とにかくもっとわかりやすく、簡単な言葉を使おうということらしい。まあこういう意見自体は前からあったわけです。それこそPC持ってないのにWindows95を買っちゃう人がいたあたり、つまりはPCが一般に普及し始めた頃からずーっと言われ続けてきてる。

広告ベタって本当ですか

とは言うもののなあ……なんてことを私なんかは思っちまったんですけどね。なんでかっつーと、はて最近のPCってそんなにスペック表記に偏ってたっけ?と感じたからです。確かに一般消費者が技術用語に疎いのは確かなんですが、それでPCが買えなくなるほど最近の広告がわかりにくいという気もしないんですね。というわけでとりあえずちょっと各メーカー製PCのキャッチコピーを調べてみたのが以下のリストです。

こうやって見てみると、スペックを全面に押し出してるところはあんまりないですね。上にあげたところ以外だと、たとえばDellなんかはスペック中心の書き方になってました。でもまああそこはそういうメーカーだよなあ、ということでむべなるかなって感じです。上の4社の中だと、「技術用語」がキャッチコピーになってるのはAppleくらい。もっとも日本の場合、ゲーム機の性能をアピールするために「何ビット」ってのが結構使われてましたから、64ビットといえばなんかすごそう、というくらいのことは一般消費者にもわかるのかもしれません。

このへんを見ると、キャッチコピーとして共通なのは「具体的になにができるか」を示しているところにあると言えます(Appleは除く)。こういうのが「わかりやすい表現」ってヤツなんでしょうか。まあ少なくともクロック周波数がどうとか、ベンチマークの結果がどうとかよりはわかりやすいに違いない。テレビ替わりになりそうだとか、録画もできそうだとか、映像の編集もできるかもしれない、音楽もなんだかいぢくれそうだ。そういうことが一応は伝わってきます。

こうやって見てみると、各メーカーが「わかりやすい表現」をしようと努力してることはわかると思います。AMDのPatric Moorehead氏は『PC広告のほとんどにMHzという用語が登場する』と言ってますけど、どうしてどうしてそういうワケでもない。スペックよりはむしろイメージで広告を打っているという感が強いですね。みんな結構頑張ってるじゃないかという気さえする。
 もっとも現在のPCってのはインターネットの大ブレイクに続いて、テレビが見られるだとか録画もできるとか、非常にわかりやすい機能を実装しだしている時期にあるわけで、「わかりやすい表現」がしやすいということも加味しておく必要はあると思います。7〜8年ほど前になるかと思いますが、なんだか実体のよくわからない「マルチメディア」をこぞって持ち上げていたこともありましたしね。さて今のネタが尽きた際にどういう売り方をしていくのか、要注目といったところでしょう。特にこういう広告の場合、一歩間違えると漠然としすぎてかえってよくわからない、ということも往々にしてあるわけですし。

このようにスペックよりも実際の用途を重視した広告の打ち方というのは現在でもやられていることですし、今後もそれが変わることはまずないでしょう。「技術用語が新製品の購入をためらわせる結果になっている」という部分をちょっとうがった見方で見てみると、「一般消費者はPCの購入にあたって『技術用語』を学ぼうとはしない」とも読めるわけでして、それならPCのマーケティング手法が「わかりやすい表現」に向かうというのはごく自然なことだからです。それに加えて各メーカーでも実際そのような方向に進んでいるのだとすると、今回AMDによってなされた提案ってのはその後追いをしているのにすぎないんですね。「なんだよいまさら」ってことになっちまう程度のものです。もっともこの調査結果自体、もともとはアメリカで発表されたものですから、果たして海の向こうではどんなPCの売り方をしてるんだろう、という疑問は湧いてくるんですが。

なんつーか「技術用語」に疎い層がPCを買わないのは、広告がこムズかしいからじゃなくて、単に苦手意識のなせるワザなんじゃないかという気がするんですよね。「PC?あーいいよいいよ、オレあーいうの苦手だから」とかいう。でもってそういう人たちにアピールできないのはなんでかっていうと、広告がマズいってよりはむしろ購入に踏み切るまでの魅力がPCにないからなんじゃないかと思うのです。誰も彼もが映像の編集をしたがってるってわけじゃないでしょう。「技術用語」の難解ささえクリアしてしまえば今までPCを購入していなかった人たちがみんなPCを買うと考えてるんなら、それはちょっと楽観的すぎるんじゃねーのとまで思ってしまう。もちろん記事中ではそこまで書いてるワケじゃないんで、ここは下司の勘繰りに近いものなんですけどね。

「技術オンチ」でもいいですか

ともかく、各PCメーカーが「わかりやすい表現」をないがしろにしているわけではない、ということにはなりました。それが本当にわかりやすいものになっているのかどうかはまた別の問題になりますが、ともあれマーケティングの方法論はAMDの言うような方向に__「わかりやすい表現」を使うという方向に__進んでいるということもできるかと思います。

とすると、業界は進むべき方向に進んでるんだから万々歳……なんでしょうか。実のところ、私はどうもそう思えないんですが。

どういうことかといえば、そもそも「技術用語」に疎いまんまで本当にいいの?ってことなんですよ。ぶっちゃけて言えば、メーカーが努力しているのは認めよう。で、消費者は努力しなくていいんですか?ってことです。

たとえば自動車なんかはすでにそういう傾向が顕著になってる分野だと思います。クルマを買うときにどういうことを気にするかを考えてみると、たとえば収納スペースだったり乗り心地だったり燃費だったりする。収納スペースの話はともかくとして、乗り心地や燃費ってのは自動車の技術に関係してくる部分ですけど、じゃあそこを一歩突っ込んでどういう理屈でクルマの乗り心地が改善されたり、燃費がよくなったりするのかを考えたりする人って一体どれくらいいるんでしょう。多分大多数の人は「そんなの知らん」なんじゃないのかなあ。でもってクルマのCMなんかもおおむねイメージ優先ですよね。スペックがどうたらってのもあるにはありますが、絶対数としてはやっぱりイメージ優先のものが多い。ワゴンタイプのクルマで街乗りしたり、ちょっと豪華なクルマで家族旅行をしてみたりと実にわかりやすい。

単純に考えればそれで悪いことなんかないハズです。整備工になるわけじゃないんだから、クルマなんて運転できればいいじゃん。実に合理的。結構なことです。でもその行き着く先はといえば自分のクルマもロクに整備できないドライバーの山。ヘタをするとパンクの修理もタイヤ交換もできない。それでどうするのかといえばJAFを呼んだりガソリンスタンドに駆け込んだり。

そこまでダメなのはちょっと考えものなんじゃないですか。

これは極端な例ですけど、「わかりやすい表現」というものの裏には、絶えずこういったユーザーの無能化という可能性が潜んでいるんだと思うんですよ。クルマを例としてあげましたけど、PCだって似たようなもんです。メモリ交換ができないのはともかく、ネットの設定くらい説明書に書いてあるんだから自分でやってください(泣)。

確かに「技術用語」ってのはわかりにくいです。なにかの陰謀みたいに小さな文字で書かれているスペック表は眩暈のモトだし、本当に日本語なのかさえ疑ってしまう取扱説明書は悪意のカタマリのようにさえ見えるかもしれない。でも結局のところ、PCってのはそういう原理で動いているものです。どれだけ言葉を尽くそうともMHzがMHz以外のなにものかに変わることはありません。それを無理に「わかりやすい表現」でコーティングするのは、いたずらに本質から遠ざかるだけなんじゃないですかね。
 自動車と違って、PCが壊れたからといって生命の危機に陥るということはほとんどありません。でも自分の使っている道具のごく初歩的な理屈さえ知らないというのはやっぱり危なっかしいですよ。それはなにかの折に「道具に使われる」ことにさえなりかねないという気がするのです。本当にそんなことでいいんでしょうか。

だからといって消費者がみんなマニアになれって言ってるわけじゃないんですけどね。というかそんな世界は気味悪いので勘弁してください(苦笑)。でも自分のPCを買うときくらいは用語集を立ち読みするなり、詳しい人に聞くなりしてちゃんと自分で判断できるようになる努力をしてほしいのです。最初から最後まで人任せというのはいただけない。
 でもって同様に「わかりやすい表現」が全部悪いということでもないわけです。スペックの羅列からはなかなか読み取りにくい具体的なウリがわかるってよさがありますからね。でも、あんまりそれに頼りすぎるとバカになるからお気をつけて、とは言っておきたいと思うのですよ。

んー、そうは言ってみたところで、どの分野においてもそんな向学心を保ちつづけるってのはなかなか難しいでしょうね。その道の達人に任せておいたほうがいい場合も少なくないはずです。ヘタの考え休むに似たりってこともありますし、なんつったって言われるがままってのはラクだしな。エラそうなこと言ってる私だって、どれだけ実践できてるかとなるとアヤしいもんですよ。ま、それでもそういう心構えだけは持っておきたいな、と思うわけです。まずはそのあたりから初めてみることにしましょうや。


AMDプレスリリース(日本語抄訳/原文(英語))