ワンダの日記

ワンダと巨像」より。ネタバレを含む。

14体目

この間亀野郎と一戦交えた間欠泉地獄から先へ進む。あまり天気がよくない。途中に祠のひとつもない。以前ならコンビニくらいねえもんかと思っていたところだが、今は祠が真っ先に思い浮かぶあたり、俺もすっかりこのあたりの常識になじんじまったらしい。なにやら思惑にすっぽりハマったみたいで忌々しい。しかしだからといって祠がないと困るというのもその通りだ。ますますもってムカつく。
両脇に円柱が立ち並ぶ崖っぷちの道を行くと、その先で洞窟が口を開いていた。さらに進むとなにやら木の空き箱が転がっていたりする。ここに来てから誰にも会ったことがないというのに、こりゃ一体なんなんだ?そしてたどり着いた先には広々とした庭園が広がっている。明らかに人の手によるものだ。位置関係からして、俺が今通り抜けてきた洞窟はもともとなにがしかの建物だったのかもしれない。
前にもこういった建造物はあったが、最近はやれ間欠泉だの砂っ原だのばかりだったので妙に新鮮だ。あまりはしゃぎすぎると未開人みたいだが、それでも興味深いには変わりない。円柱だけが残っているところがやたら多いが、装飾用だったのか?そういう洗練された趣味に触れるのも久しぶりだ。まったく最近の俺と来た日には、木の実にむしゃぶりつき、トカゲの尻尾を焼いて食うというワイルドぶりなのだ。残りの巨像はもう数えるほどしかいないし、いい加減もとのハイソな自分を取り戻さなければ。
……と思いにふけっていたら巨像が出現しやがった。えい人がせっかくカッコいいこと考えてたのに邪魔すんじゃねえ!ブチ殺すぞ!
ってよく見たら今回はまた小型だね。ここまでくるともはや「巨」の文字はいらないんじゃねえか?見た目はイノシシ。まあ野生のに比べりゃデカいが、それでも想像の範疇内ではある。そういえばこの間もこんなヤツがいたような。
とかごちゃごちゃ考えているうちに突進をくらって吹っ飛ばされる。そんなところまでこの前のヤツに似てやがるっつうか痛えなこの野郎!
とはいえ今日の俺は能書きを垂れすぎるってのも確かだ。久々に人の手のものに触れて感化されたか?だが殺されちまったら元も子もねえ。オラ来い!俺の華麗な前転避けを見よ!そしてシビれろ!……つってもイノシシ野郎にはこの華麗さはわからない。ひらりひらりとかわしつつ、崩れた円柱の上に乗ってやりすごすことにする__ってお構いなしに頭突きかよ!乱暴なのもいい加減にしやがれ!
と、乗り移れそうな足場が目に入る。ふーん。ま、猪突猛進型には高みの見物もいいだろう。ていや。お、向こうの円柱にも登れそうだな?ちょいや。おお、それでも懲りずに頭突きを繰り出しやがる。足場がぐらぐら揺れて危ない。とはいえ俺もそれで落っこちるほど間抜けじゃないから、せいぜい弓で射って挑発してやることにやる。やーい、どれだけ頭突きをしたってこっちゃ痛くもかゆくもないんだぞバーカ。あ、また頭突き……おや?
ぎゃあ!柱が!柱が崩れる!
こんなとこから落っこちたら死んじゃうだろうが!なんて脆い柱だ設計者呼んでこい!って言ってる間にも傾きは止まりません!ぎょえ。あわててセミよろしく次の柱に飛び移りしがみつく。そしてまたわっしわっしと登る。むう。これはこれで面白いかもね?あいつもこんなこと何回もやってりゃ、そのうち脳震盪くらいは起こすかもしれない。ほーれここまでおいでー。うりゃ。
そんなことを何回も何回も繰り返していたが、ヤツはなかなかに丈夫でいつまでたっても頭突きをやめない。しまいには倒れた円柱で壁をブチ壊してしまった。俺もきっちりそれに巻き込まれる。痛えなこん畜生!瓦礫の中からホコリまみれで立ち上がる。ったく水攻め砂攻めホコリ攻めってハリウッドかこれは。しかし結局入り口まで戻ってきちまったなあ……ま、ここの足場は案外しっかりしてそうだからしばらく挑発し続けてやるか。うりゃうりゃ。お、また頭突き。やーい。
……って、足場まで崩れる!手抜きだ!絶対これ手抜き工事!訴えろ!お前んとこの庭園業者は詐欺師だ!
……とか義憤にかられていたら、ヤツが崩れた足場の下敷きになっていた。いい気味だ!あ、装甲もはがれ落ちてる。弱点マークも丸見え。なにからなにまでこないだの火に弱かったあいつと似てるなあ。兄弟かお前ら?ま、ここまでくりゃ楽勝だね……と背中に飛び乗る。猛スピードで振り落とそうったって世の中そんなに甘くない!今度の頭突きはあの世に行くまでのお預けだ!

15体目

いよいよ残すところあと二体になった。この長い茶番劇にも終わりが見えたのかと思うとせいせいする。わからねえことばかりなのは癪に障るが、だからといって俺になにができる?テキトーなことしか言わねえドルミンと、放っておけば飽きずにあたりを駆け回っているアグロしかいないこんな状況で?
祠のてっぺんに登って広い世界を眺める。振り向けばあの細っこい橋が視界の端から端までを横断しているのだろう。落っこちないようにと慎重にアグロを進ませたのがついさっきのことにも、随分前のことのようにも思える。またあそこを渡って、もちろんあの娘と一緒に俺はもとの世界に帰る。それは間違いなく近い将来に起こることだ。
なぜ?答えは簡単だ。そうすると俺が決めたから。理由はそれしかないし、それ以上も以下も必要ない。俺は俺が決めたとおり、あの娘ともとの世界に戻る。
もとの世界?笑えるくらいにそのとおりだな。ここは地続きになっているクセして今まで俺がいた世界とはまるで別の世界だ。たまたま入り込んじまった俺以外には誰一人としていない、吹き抜ける風に広々とした草原がそよぐ世界。空駆ける鳥も、地べたをはいずるトカゲも、ひどく呑気に日の光に背を暖められるがままにしていやがる。そしてそんな世界のそこここを巨像どもがうろついている。ヤツらがいるあたりだけに雲は重くたれ込め、時として雨が降っていた。

今度の巨像は本当に久しぶりにヒトの形をしていやがった。まさしく大男。俺がこっちの世界に来て、初めて相対したヤツに似ている。あのときはあまりのデカさに小便チビりそうにビビったもんだが、今となってはなんの感慨もなかった。お前はただ、俺に倒されるためにここにいるんだ。声にこそ出さないが俺は心の中でそう叫ぶ。
何度ストンピングで踏みつぶそうとしたって無駄だ。ムカつくか?ちょこまか動き回るネズミのようなこの俺に翻弄されて、挑発のためだけに何発も弓矢をくらえばそりゃムカつくだろうよ。気がつけばネズミは壁面を駆け上がって、いつの間にかお前より高い位置に登ってる。そしてお前にはない感情を徹底して冷ましたまなざしでお前を睥睨している!
怒りにまかせてどれだけゴツい剣をぶん回したところで、お前が壊せるのはピクリとも動かない橋だけだ。その時俺はとっくに安全な場所に逃げおおせている。よく見ろ!今俺はお前の上に飛び移ったぞ!ムカつくだろう?なら身体を揺すれ!力任せに頭をぶん回して俺を振り落とそうとしろ!そしてそれでもまだへばりついて離れない俺に気がついてMaxムカつけ!
だがな、冥土の土産に教えといてやるよ。
俺はもっとムカついてんだ。
急所を刺し抜いてやると、巨像はまるで影のような血を吹き出した。俺は何度もそれを浴びた。目の前が真っ暗になり、闇につつまれたように前後不覚に陥る。それでもこの手は絶対に離さない。食いしばる歯の隙間から闇色の血が口の中へ流れ込んでくる。それでも俺はしがみつき続ける。その真っ黒な血はなんの味もしなかった。最初からずっとそうだった。
なぜだ?とうとう俺は考えはじめた。俺だって何度も怪我をした。傷口から流れ出る赤い血は、なめると複雑怪奇ではあるが確かに少ししょっぱい。それは俺が生きていくために必要なものがそういう味をしているからだ。だが、巨像の血はなんの味もしない。なぜだ?
今までに14体の巨像を倒した。そして今、15体目を倒そうとしている。残りは一体。そう遠くないうちに、俺はそいつも倒すだろう。ヤツらにしてみれば突然現れた俺にワケも告げられずに破壊されるのだから理不尽だ。その償いってわけじゃあないが、ヤツらについて少しばかり考えてやってもいいだろうと思う。赦せとは言わない。だが、止めようとしたって無駄だ。俺はお前らを壊し続けてきたし、今まさに壊そうとしている。そしてこれからも壊す。それが止められないのと同じように、俺がお前らのことを考えることもやはり止めることはできない。
右腕を傷つけられて剣を取り落とした巨像は、いよいよその拳で俺を殴り殺そうとする。ワイルド&バイオレンス!そして俺はお前の右拳が確かに青い光を放ったのを見落とさない!前転避けから立ち上がり、しっかりとヤツの目を見据えてやる。相変わらずなんの感情もない瞳だ。だが目があったその瞬間、俺の脳裏にある閃きが起こった。
まさか__俺は自らにダメ出しを試みる。その思いつきはあまりにも突飛すぎた。仮にそれが正しいのだとしても、それでさえなお説明できないことは山ほど残る。ありえねえにもほどがあるぞ__とうとうイカれちまったか?そうかもしれない。だが俺がイカれたかどうかなんて、少なくとも俺には関係ない。違うか?俺は俺が納得できればそれでいい。違うか?たとえ世界がひっくり返ったって、そいつは金輪際違わねえ!
反応が一瞬だけ遅れて、拳が石畳をぶち抜くのをすんでのところでかわす。冷や汗。だが、そのおかげでヤツの拳は目の前にあった。青く光る紋章がデカデカと視界を覆い尽くしている!考えるよりも先に身体が反応した。さんざん振り回されながらも刺す!また刺す!どれだけ考えたって、どんな結論が出たところで変わらないこともある。
俺はお前を倒すことをためらわない!