ワンダの日記

ワンダと巨像」より。ネタバレを含む。

16体目

物陰に身を潜ませながらなんて理不尽なヤツだ、と思う。そんなことがこれまでに一体何度あったかを考えて、あまりにもすぐ答えが出たので思わず笑い出しそうになった。言うまでもない。15回だ。そして今日が16回目。
駆け出すとヤツはすぐに俺を見つけてまた目を光らせる。雷鳴なんだか別の炸裂音なんだかよくわからないが、とりあえず当たったら死ぬほど痛え攻撃だ。もう好きにすればいいや!今さら遠隔攻撃がどうとか言わねえよ!
それにしても最後の巨像だけあってまったくデカい。これぞまさしく「巨」像と呼ぶに相応しいってもんだ。しかも鋼鉄のスカートなんかはいてやがるしなあ。まさか女だったりはするまいが。そのかわり自分で動くことができないってのは残念だった。こいつが動けばまるでちょっとした小山が移動するように見えただろうに。そりゃちょっとした見モノってもんだろう。ちょっとくらいならチップをはずんでやってもよかったのに、まったくもって残念でならない。
しかし目を光らせて正確無比な攻撃をしかけてくるあたりはさながら難攻不落の砦だ。慌てて飛び込み前転でかわすが、砕け飛んだ床の破片がばらばらと降り注ぐ。まあこれしきじゃ死なねえし、殺されるつもりなんざこれっぽっちもない。飛び出す機会を窺いながら、壁越しにヤツを睨みつけた。死ぬのは俺じゃあない。お前だ。

広い草原をアグロの背中から見下ろしつつ、これで最後かと思うとヤケに感慨深いものがあった。この世界ともいよいよおさらばかと思えばワケもなく全天に向かってざまみろと叫んでやりたい気もしたが、わずかばかり浮かんでくる名残惜しさのようなものに免じて我慢してやる。どうやら南の果てまでたどり着いたらしい。陽光を浴びて銀鱗に輝く海原がどこまでも続いていた。射落とした木の実にかぶりつき、トカゲの尻尾を焼く。それも今日までだ。こんなマズいもの、誰が好きこのんで食うものか。
いわくありげな円柱が立ち並ぶ中、閉ざされたデカい門がそびえ立っている。そのド真ん中に開いた穴から注ぐ光が、手前のサークルに落ちていた。そこに立って剣をかざすと、案の定軋み声をあげながら門が開く。ベタっちゃあベタだが、まあそれっぽい仕掛けだ。
まるで物見遊山みたいな気分だったことを、否定はしない。
しばらく進むと、ところどころが崩れ落ちた石橋にさしかかった。高さだけは大したもんだが、まあこれくらいなら造作もなく飛べるだろう。そう判断してアグロの腹にケリを一発入れる。駆けだした勢いをそのままに石橋へと飛び移る。
その瞬間、強固と信じて疑わなかった足場が突然崩壊した。
アグロの鞍上で大きくバランスを崩す。一体どんな体勢になっちまったのか、信じられないほど遠くに堀の底が見えた。落ちたら間違いなくあの世行きだ!俺はたるんでいた自分を思い知り、舌打ちする。なんてザマだ。間抜けすぎるにもほどがある!落ちる、と思ったときにはもう落下は始まっている。
あとは全身の骨をぐずぐずに砕かれる瞬間を待つより他にすることもなくなっちまう。俺は寝返りを打って空を見ようとした。だがそんな試みもすでに虚しい。そして圧倒的な未来に向けて、重力に従った加速度がその勢いを開放する刹那__俺は突然対岸に向かって放り投げられた。不意をつかれて背中から落ち、むせかえる。なんて失態だ。振り返るより早く、崩落音があたりにこだまする。そしてアグロのいななき。
……ざっけんな!
ウマのくせにカッコなんかつけてんじゃねえ!俺がいつお前に助けてくれって頼んだんだ!余計なことやがって、それで恩でも売ったつもりか?俺が泣いて感謝するとでも思ったのか!ヒトサマをナめるのもたいがいにしやがれこのアホ馬!声を限りにそんなことを叫ぶ、つもりだった。出てきたのはただアグロの名だけだったが。
どれくらいそこにいたかはわからない。けれども俺は立ち上がってその場に背を向けた。そして歩き出す。アグロの声はない。おそらくはダメなのだろう。もし仮に生き延びていたとしてもこれほどの高さだ。どうあがいたって助けられるわけがない。
だとしたらいつまでもここにとどまっていたところで時間の無駄だ。俺はクレバーにそう判断を下した。するべきことはそれほど多くない。それを黙ってこなすより他に、時間を費やす暇など俺にはないのだ。草に捕まりながら岩壁を登り、何度か拳を叩きつける。手頃な石が転がっていると見るや力の限りに蹴りつける。それでいてなお、この目に映るなにもかもが俺をこの上もなくムカつかせる。目の前のすべてを震え上がらせんと睨みつけた。そして思う。
皆死ね。
俺が殺す。

巨像は激しく頭をふるって俺を振り払おうとする。無駄なことこの上ない。首がモゲるほど激しくシェイクしたところで、俺がこの高みから落っこちるような醜態をさらすわけがないだろう?ちょっと頭を使えばわかるはずのことが理解できないあたり、仇ながら大した愚鈍っぷりじゃねえか。総身に知恵がまわりかねるってやつはまことにもって哀れだ!そうだ。俺はお前を哀れんでいる!貴様の血が闇色に染まっているのは地味すぎて気にくわねえが、栄えある血祭りカーニヴァルの第一弾はお前だ!
足下にたどりついてさえしまえば、さしもの遠距離砲も役にはたたない。あとは俺の好き放題だった。腰から左手、左腕、右手から左肩へと次々と飛び移っていく。そしてとうとう登りつめた頭上に、いつも通りの青い紋章が刻まれていた。たぎる欲望をなんとか押さえ込みつつ、剣をその脳天に突き立てる。巨像は悲鳴とともに必死の抵抗をするが、俺にはもう目の前の紋章しか見えていなかった。残酷な欲求が俺を駆り立てる。知らず浮かんだ笑みに呼応するかのように剣の光が閃いた。
まずは死んでおけ!他の誰でもない、この俺が貴様を殺してやると決めたからには!
断末魔の方向があたり一面に満ちあふれ、とうとう16体目の巨像はくずおれる。激しい地鳴り。まったくこいつらと来た日には、事切れるその瞬間まで騒々しい。俺はその図体の巻き添えを食らう前にひらりと飛び降りた。そして振り返る。腹の奧から尽きるともなく沸き上がってくる歓喜が全身を満たす。雄叫びを上げた。アグロの名を叫んだときとは比べほどにならないほど長く、そして激しく。喉も張り裂けんばかりの絶叫を繰り返す。
だがそれでいてなお満たされぬ欲望を、俺は鋭く察知した。この飢えを満たせ。この乾きを流れる血潮で濯ぎ潤せ。俺は世界に向かってそう命じる。応えを返せ!次の獲物は名乗りを上げろ!俺はそいつを引き裂き、切り刻み、濡れた臓腑の温みを貪り食らう!歓喜に満ちたこの咆吼を聞け!戦け!そして震え上がれ!
次はどいつだ!名乗りを上げろ!
次の瞬間、闇の触手が俺の全身を刺し貫いた。
ブラックアウト。