ワンダの日記

ワンダと巨像」より。ネタバレを含む。

封印

目を覚ますと目の前に壁があった。ということは俺は立ったまま寝てたわけか。いつの間にそんな器用になったかなあ。なんか記憶がはっきりしないんだが、今ここにいるってことはもしかして俺って16体目を倒したの?せいぜい必死に思い出してみると、やたらデカいやつだったような気はするし、剣をぶすっとやった記憶もある。むーん。そういえばなんか妙ちきりんな影みたいのにぶっ刺されて倒れちまったような気が。あれは確かガッツポーズを決めようとしていた時だったんじゃないかなあ。
……とするとやっぱり俺は16体目を倒したんだ!
スゲー!スゲーじゃん俺!やったやったやりましたよ世界中の皆さん!父さん母さん見てるかい俺はとうとうやりとげたんだよ万歳!ぃやっほう!……と、なんか人の足下でキーキー騒いでる奴らがいる。せっかくいい気分に浸ってるところだってのにうるさいな。あれ?どっかで見たようなツラが雁首揃えてこっちを見てやがる。っておいおいジジイまでいるよ!てっきり国で隠遁生活を超満喫かと思いきや、いつの間にこんなところまで来やがった?ちょうどいい、トカゲのしっぽが死ぬほど苦かったことについて、俺はお前に言いたいことがある!
つーかさ、しばらく見ないうちにみんなずいぶん縮んだね。よく見ると建物全体が縮んだみたいで、実にまったく不思議なこともあるもんだ。まるで俺が巨像になったみたいだなあ。そうか、ヤツらはこういう視点で俺を見下ろしていたのか……っておいお前らなにすんだ!弓矢とか射るな!当たったら痛いだろうが!「相手を祝う際には弓矢で射殺せ」なんて、そんな妙な風習は俺の国にはない!あ、よくよく見たら三軒右隣のヨセフじゃねーか。なんかいかめしい顔して弓なんか構えやがって、そんな物騒なものしまいなさい!めっ!……って本当に射やがった!ぎゃあ!お前いつからそんなヤバいヤツ略してヤバメンに!わわわちょっとタイム!タイムアウト希望!子供の頃一緒に遊んだあの日のことを、あなたはもう忘れてしまったのですか!
……とかなんとか、言いたいことは次から次へと浮かんでくるのだがおかしなことに声が出ない。どうなってんだ?うわ、今度は体が勝手に動く!おいやめろって。今のミニサイズなあいつらに拳なんか振り下ろしたらツブれちゃうだろ!蟻を踏みつぶしたときみたいにプチっとかいうぞ!うわーこないだ間違えてトカゲを踏んづけたときの感触が蘇ってきた。あれは実にまったくこれ以上ないくらい最悪だ。だからやめなさいってば俺!言うこと聞けこの野郎!
あ、なんか俺がしゃべりだした。ちょっと待てコラ。俺はなにをしようとも思ってないのに、さっきから拳骨で床をぶん殴ったり、そうかと思えば勝手にしゃべり出したり一体なんなんだっつーの。うわなんだこの声!ジジイとガキが同時にしゃべってるみたいだよキモ!俺の声めっちゃキモい!つーか縮んじゃった人たちからドルミンとか呼ばれてんですけど。16体の巨像で封印?ワケわかんねえ。えーとなんか逆らってもムダそうだし、とりあえず流されるがままに話を聞いてみるか。ふむ。ふむふむ。えーと大体わかった気がするぞ。総合してみるにだな、
俺ダマされましたか?
なんだよそれ腹立つなあ!と天を振り仰ごうとしたが、やっぱり俺の体は俺の意志なんかてんで無視だ。くそ。まあほかにすることもないから現状の把握でもしてみるか。こういうときは落ち着くのが一番だ。ああ畜生!
要するにドルミンってのは悪の化身だったわけだ。でもって世界を股にかけつつ、賽銭ドロとかピンポンダッシュとか、さんざっぱら悪さをしていた。いたいけな庶民の皆さんはどうにも夢見が悪い。そこでこいつは放っておけねえ!と昔のエラい人が奮起。執拗なチェイスの末に、とうとう16体の巨像に分割封印にすることに成功した。よかったね!
つーわけでその後しばらくは世界人類が平和であったのだが、突然の闖入者つまり俺が悪のドルミンさんにそそのかされ、封印の証である巨像を一体また一体とブチ壊し始めたからさあ大変。世界の危機です!一方その頃ジジイは俺がこっそり剣を拝借したことに気がつき、慌てて追跡を開始。しかし老体に11月の風がしみたためにすんでのところで間に合わず、一方の俺はと言えば俺で地道な努力の末に本日めでたく全体破壊。とうとう悪のドルミンさんは封印から解放されここに蘇りました!
うひょー……ってそりゃジジイも怒るわな。そして悪のドルミンさん用の容れ物として使われたのが俺だった、と。すなわち今の俺は俺であり同時に悪のドルミンさん!でもって悪のドルミンさんはさすが悪だけあって見事な乗っ取りっぷりを発揮し、おかげで今現在俺の存在感はかなり希薄に。このままではレギュラー落ちのピンチですからもう少し頑張るといいでしょう!
今の状況をまとめてみるとこういうことになるわけだ。合ってる?つっても誰も俺の心の声なんか聞いちゃいねえか。ふーむ。
……ってそんなんで簡単にはいそうですかなんて納得できるか!確かに悪のドルミンさんを蘇らせちゃったのはちょこっと悪かったかもしれないがそれは俺がダマされたがゆえの結果であってすなわち不可抗力!俺には俺であの娘を蘇らせるって大義名分があったでしょうが!それは無視か!ああそうかいそうかい、結局はお前らも自分に都合のいいところだけつまみ食いしてあとはほったらかしなんだ!やっぱり大人ってズルい!みんなはあんなふうになっちゃダメですからね!
そして悪のドルミンさん!お前だお前!てめえ勝手に人の体を乗っ取ったあげくに勝手に舞台の真ん中に躍り出てくるんじゃない!主役はあくまでも俺だっつーの!
そんなふうに辺り構わず色んなところに憤慨している間に、縮んじゃった人たちと悪のドルミンさんとの交渉は決裂に至ったらしい。そもそも最初から「交渉」なんて結構なモノだったのかどうかもナゾだが、ともかく縮んじゃったあいつらは逃げ出した。そしてそれを追いかける俺こと悪のドルミンさん。なすすべもなくそれを眺める俺。存在感なさすぎ!誰かなんとかしやがれ!ってかあの娘はどうした?あーもう悪のドルミンさんったら悪のクセして背中に目もついてねえのか!使えねえ!
とはいえ文句を垂れ流すだけでは仕方がない。必死で意識を集中させてなんとか悪のドルミンさんを操ろうとする。が、さすがは悪のドルミンさん。いかんともしがたい。と、拳を振り上げた瞬間に視界の端でちょっとだけ見えた!うわーまだ寝てる!起きろ寝坊助!というか一目散に逃げていく我が国の皆さん!大事なものを忘れてますよこの薄情者!
と、ジジイがなんだかぶつぶつ言い出した。剣を捧げ持ったりしやがって、なんだかずいぶんアヤシげだ。え?まさか再び悪のドルミンさんを封印するつもりですか?ひょっとして俺ごと?うわ目がマジだ!やばいよこのジジイったら人生最後のマジな瞬間を迎えちゃいました!ぎょええ。俺のことは完璧アウトオブ眼中だなアレは。これだから存在感がないってのはダメなんだ!つーかジジイ!分割封印とかいう先人の知恵はスルーか!娘を置き去りにしたことといい、いくらボケ始めてるにしても大雑把すぎんぞ!あー!剣が泉にぼちゃんと落ちてまばゆい光が!ぎゃあ!吸い寄せられる!
ここに至って悪のドルミンさんもヤバげな自体になったことを悟ったらしい。必死で光り輝く泉から離れようともがきはじめた。二人の意志がようやくひとつに!とかオモロいこと言ってる場合じゃない!悪のドルミンさんと手に手を取って仲良く封印、なんて冗談じゃありません!ってすごい引力だ!あのジジイのどこにこんな力が!あわわわ。
気づけばいつの間にか俺の身体が縮み始めている。せっかく俺以外の皆が縮んで相対的にでっかくなれたと思ったのに、これじゃあ元の縮尺に戻ってしまう!つっても今はそれどころじゃねえか。えい仕方がない、癪に障るがここは悪のドルミンさんと協力一致!とりあえず外まで逃げだそう!
と思った瞬間に足下の砕け散った巨像に蹴躓く。泉の引力に逆らいきれず、俺はふっとばされるように背中から落っこちた。痛い!そして迫り来る引力がうわちょっとまて痛い痛いいたたたぐわぎゃあふんげぬgq9w0えー8gなsp