ワンダの日記

ワンダと巨像」より。ネタバレを含む。

始まりの終わり

真っ白な光の中で目を開ける。そしてまた目を閉じる。真っ白な世界は真っ白な世界で変わりがなかった。これが噂のホワイトアウトってやつか?ったく眩しくてしょうがねえな。難儀なことだ。
真っ白すぎて境界線もなにもわかったもんじゃないが、とにかくここは広い世界みたいだ。そして俺の他にはドルミンしかいない。別に確認したワケじゃないしそんな術ももちあわせちゃいないが、そんな気がした。おそらくそんなに手ひどく間違ってもいないだろう。ドルミンはどこにいるのかわからない。どれだけ歩いても辿り着けないくらい遠くにいるのかもしれないし、すぐ近くに寄り添っているのかもしれない。それはそれで気持ち悪いが。
なんだか怒濤のように時間が流れ去っていった。ようやく落ち着いたと思ったらこんな世界ってあたりが救われないが、まあ今更嘆いても仕方がない。あの娘はどうしただろう?ドルミンが約束を守ってくれるなんて信じるのもずいぶんヒトのいい話だが、せめてそれくらいは叶えられたモノと思いたい。はじめの願いも聞き届けられないままに巻き添え食って封印までされちまったとあっちゃあ、さしもの俺でも少々ヘコむ。
ジジイはドルミンやこの地のことを、さも呪われているかのように語った。けれども俺は今、それは違うと思っている。まあドルミンがずいぶんなワルだったってのは本当かもしれない。16体の巨像で封印ってのも、伝承であることを差し引いたってその通りなんだろう。なにせ実際にすべての巨像を破壊したら悪のドルミンさんが復活しちまったんだから。
だが__語ったことはすべて真実でも、すべての真実を語ったことにはならない。
巨像と相対するうち、俺は何度ヤツらと目を合わせただろうと考える。数えるのも面倒になるくらいだ。そこに俺が見たのは悪でもなんでもない、ただただ虚しいだけの光だった。ヤツらに感情なんてモノはない。そう、あの16体の巨像は単なる「容れ物」に過ぎなかったんじゃないか。俺はそう考えている。
むしろ問題だったのはヤツらを突き動かしていた、あの闇のような血の方だ。あれこそ悪のドルミンさんを形作っていたモノだった。なんの味もなく、ただ単に暗い。
俺はそれを「罪」だと踏んだ。
なぜそうなるのか?そいつにはっきりと答えられないのが泣きどころだが、まあいい。俺は俺を納得させることができさえすればそれでいいのだから。
昔々のエラい人どもは、単にドルミンを封印しただけでは満足しなかった。ドルミンにこの世のすべての罪をひっかぶらせることを思いついたんだ。人は__人に限らず、すべてのものは、生きていくために罪を犯す。別のいきものを食らい、植物を食らう。俺たちヒトに限って言えば、家を造るために木を切り倒す。小便をあたりにまき散らす。
それは生きていくために必要なことだ。だが、それに満足できなかった先人たちは、それをどうにかして浄化しようと考えた。そして浄化のための生け贄を求めた。すべてを司るいけすかないヤツへの捧げものとして、すべての罪をその身から洗いながさんという願いを叶えるために。
だが、そんなどデカい構想に釣り合うだけの生け贄などそういるもんじゃない。そこで選ばれたのが悪名を世界にとどろかせるドルミンだったわけだ。おそらくそれは功を奏したのだろう。いや、実際になにが変わるのではなくとも、それで満足を得ることだけはできたに違いない。自己満足のための荘厳なる儀式。罪を浄化するための悪の捧げもの。笑える。腹の底から大笑いだ。なんとも壮大なヨタ話じゃないか。
あの娘が亡骸になったワケ__それは、そんなドルミンにせいぜい怒りを和らげてもらうためのこれまた生け贄だった。
生け贄の連鎖__笑えない喜劇だし、哀しくもない悲劇だ。ただ恐ろしく後味が悪い。俺には納得できなかった。もちろんこんな説明を誰かがしてくれたわけじゃない。その時の俺は、ただ生け贄などというアナクロな儀式が気にくわなかっただけだ。そんなことでヒト一人の命を奪っておいて、自分たちだけ素知らぬ顔して口をぬぐうなんざ、正気の沙汰とも思えねえ。臭いものにはフタをすりゃあいい__そんなことを悪びれずに言い放つことができるのなら、そいつの性根は間違いなく腐っている。
そして俺は、捧げたものを返せと言うためにドルミンのもとを訪れたのだ。
こんな真っ白な世界で俺が呪詛を吐いたところでなにも変わらない。変わらないのだが、それでもやっぱりいけ好かない結論であることには変わりがなかった。自分を納得させるためとはいえこんなことを考えちまうあたり、とうとう本気でイかれちまったらしい。
まあいいさ。
それにしても哀れなのは巨像どもだ。やつらはただの容れ物だったにもかかわらず、世界中から集められた罪を詰め込まれ、俺を殺すべくその拳を振り上げた。俺を殺せようが殺せまいが、おそらくどっちだってよかったのだ。俺が巨像を倒せばそれだけドルミンの復活が近づき、巨像に俺が殺されれば新たな罪が流れ込む。そんなことが幾度ともなく繰り返されれば、いつしか罪は巨像という容れ物には収まりきらなくなる。とんでもなく気の長い話だが、封印されちまったドルミンにとっては時間など関係ないのだろう。あの世界があれだけ静寂に満ちていたのも、もしかすると巨像に徒に罪を犯させまいとする先人たちの仕掛けだったのかもしれない。
感情を持たず、ただ罪だけを埋め込まれ、罪を犯すためだけにのみ動くことを許される__そんな巨像が開放されるのは、破壊を迎えるその時だけだ。身の破滅とともに初めてヤツらは開放され、あとにまばゆいばかりの光を残す。それをなんと呼べばいいのか、今の俺にはわからない。心を持たない巨像どもが、果たして祝福されることなどあるのだろうか?
世界が収縮を始めていた。どうやら俺が俺でいられるのもあとわずかのことらしい。結局あの橋を渡ってもとの世界に戻ることはできなかった。せめてあの娘だけでも__と思ったがそれももう詮ないことだ。
それにしても、だ。ドルミンと一緒になっちまうってのはどうにも気に食わねえ話だなあ!お前なんかそれこそ罪の化身みたいなもんじゃねえか。それがよりにもよってこの俺とだよ。明るく清く朗らかなこのワンダさんとだよ?ったくどこのどいつの差し金か知らねえが、なかなか皮肉が効いてるじゃねえか!
まあいいさ。おそろしく遠い未来、俺とドルミンのことなど世界中の誰もが忘れ去ったそのまた先のいつかの日に、俺たちとかそけく繋がる誰かの魂がきっとあの娘と手を取り合ってこの閉ざされた世界から旅立っていくはずだ。その先になにが待っているかはわからないが、そいつらは自らの罪をしっかり背負って力強く大地を踏みしめて歩いて行くのさ。
信じられねえか?
そうだな、まあ突飛っちゃ突飛な話だし、それでもいいよ。
ただ、俺は信じてるからな!






























ああそうだ、ちょっと待ってくれ。
アグロのヤツ、どうなった?
(了)