邪眼は月輪に飛ぶ

邪眼は月輪に飛ぶ (ビッグコミックス)

邪眼は月輪に飛ぶ (ビッグコミックス)

あー面白えなあというのが読後感。単純ですな。でもこんなに単純な感想を抱かせてくれる作品ってのもそんなにたくさんはないでしょう。
「見たものをすべて殺す」という邪眼をもつフクロウ、ミネルヴァと、それを倒さんと力を尽くす人々の物語。コミックス1巻分に詰め込める要素をすべてつぎ込んだという感じでしょうか。密度は高く保ちつつも、非常にテンポがいいです。一気に読める。
キャラクターにもそれぞれの背景があって、物語に厚みを持たせてくれています。とはいえやはり一番の存在感を示すのは老猟師の鵜平でしょう。藤田和日郎は老人を描かせるとウマいですなあ。歩んできた平坦ならぬ道筋を、確実に年輪としてその身に刻んできた人間の重みが実にいい。
正直なところ、ストーリーには色々アラがあるのかと思います。展開にはやや強引なところがあり、設定にも首をかしげるところが何点か見受けられる。つーか「見られたら死ぬ」能力はたとえTVの画面を通じたところで発揮されるようですが、それなら録画した映像をミネルヴァ自信が見るようにデカいスクリーンとかで放映したらダメですか?まあ自分の毒でやられてくれるかどうかはわかりませんが、その可能性が一度も考慮されないってのはどうなのかなあ。むう。
とはいえ、そんなことをいいながらも、この作品の持つ力にはどうしたって感服せざるを得ないんですな。これはある意味、一見荒々しく見える藤田和日郎の作画にも通ずるところがあるような気がします。総じて平均点以上というわけではなく、今ひとつなところもある。けれども突き抜けているところは本当に突き抜けてしまっているという感じ。素人目にもわかるような荒っぽさを残しつつも、それを凌駕して有り余るだけの魅力が確かにある。
この作品でいえば、それはテンポであったり勢いであったりするのだと思います。とにかくこの作品には勢いがある。多少のアラを気にするいとまもないくらいのスピードで物語は展開していきます。一旦引き込まれてしまうと、あとはそれに身を委ねるしかなくなる。よくできたジェットコースタームービーのようでもあります。
1巻で完結する作品だからこそ、その勢いは最大限に発揮されたんじゃないかなあ。藤田和日郎は「うしおととら」や「からくりサーカス」のように、やたら長尺な作品も描いていますが、個人的にはむしろ本作のような短編のほうが作風に合っているように思われます。なんというか、長編だと持ち前のサービス精神で突っ込みすぎた各種の伏線に自ら縛られてしまいがちに見えるんですな。加えて物語が長くなると全体としての緩急が必要になってくるため、どうしてもアラが目立ってくる。短編であれば、そのあたりをカバーして余りある勢いってものを遺憾なく発揮できるんじゃないかと思うのです。
ともあれ、本作はなかなかのオススメです。エンターテインメントとしての完成度が非常に高いですから、個人的には今年一番のオススメとしてもいいかもしれない。1巻で完結してるんだから高いものでもないわけだし、みんな買っちゃえばいいと思うよ!
ところでタイトルの「月輪」は「がちりん」と読ませるわけですね。うん、確かにそのほうがこの作品には合ってるなあ。