ふらふらり

雪祭りを見に行ってきた。そのこと自体はどうということもない、ある冬の日の出来事である。札幌に住んでいるのだから雪祭りくらいは見に行ったっていいじゃないか。大学時代は試験期間直前だったんだからそんな暇なかったんだしさ、室蘭から札幌ってのも結構金も時間もかかるんだし、そうとなったらある程度は早起きしなきゃならないし……ぶつぶつ。ちょっと出かけるだけでこれだけの言い訳をしなければならないというのも考えてみれば大したものである。いそいそ。財布の中には千円札がわずかに一枚しか入っていない。

雪祭り自体は別段目新しいものではなかった。雪が見たければ部屋の窓から外を眺めるだけで事足りるのである。雪像もまあ見事といえば見事だが、当然の如く真っ白なので、普段から電飾の渦に毒されている目には少々彩りに乏しく映る。どう考えたってライトアップされた夜に行く方が得策というものであろう。まあたまには人ごみの中を歩くのもいいさ。私はちょっと下界に降りてきた仙人のようなことを考えた。めいめいがはしゃいでいて楽しげである。家族連れが多い。中学生だか高校生だかの仲良し○人組も多い。あんまり触れたくはないが男女の連れも多い。場内放送がとある埼玉県人の呼出をかけている。わざわざ埼玉から来てはぐれていれば世話もないが、はぐれたのちに場内放送で自らの名前を呼んでもらうのが趣味でないとも限らない。世の中は広いのだ。それが証拠に楽しいお祭りをこんな穿った目でもってうろついている野郎がいる。きっと恋人がいないせいでこんなにヒねてしまったのであろう。哀れなものだ。さて、一体誰のことなのやら。

それにしたって大した人出ではある。まあ札幌といえばなにはともあれ雪祭りなのだ。ラーメンでもなく時計台でもなく、ましてやすすきのの夜でムフフなどでは断じてありえないのである。ううむおそるべし雪祭り。はたせるかな、ホテルはこの時期どこも満室らしい。北海道以外の地方に親戚のある家などは、スキー需要とあいまって簡易でしかも無料のホテルと化す、との話もないではない。親戚のよしみだかなんだか知らないが、布団は人数分用意せねばならず、それなのに敷地面積はどう考えても手狭であるとの判断を下さざるを得ない。おまけに子供はうるさい。犬は喜び庭をかけずりまわる。だからあの子が拾ってきたときにウチじゃ飼えませんからねっていったじゃないのッ。まあまあヨシコ落ち着いて。キーッあなたがそんなんだからいけないんじゃないのさこのゴクツブシっ。修羅場である。どうぞごゆっくりおくつろぎくださいますよう。しかし、やはり奥さんは後日実家に帰ってしまうと見るのが妥当であろうか。

ともあれ、いつまでも雪祭り会場にいたところでこれ以上得るものはなかろう。確かにそこらへんに腰掛けつつ想像だか妄想だかの大海原にこの身を遊ばせるも面白かろうが、ベンチの前には売店がずらずらっと並んでいてその裏側へ行くのはためらわれる。優美華麗なるシンクロナイズドスイミングだって水面下は凄惨を極め、壮絶なる亡者のあがきがごとしといったありさまなのだ。うっかり見てしまった日には包丁片手に緊迫の鬼ごっこにならぬとも言いきれない。しかも会場内は禁煙である。雪でできたステージの上では「忍たま乱太郎」ショーが花盛り。ああなんだか自分の存在自体が場違いであるかのように思われてきた。こうなってしまってはもういたたまれない。私は逃げるようにして人の流れから外れた。まだ死にたくないもんな。200円の記念バッヂも別にほしくない。
 とはいえ、さてどうしたものか。バスターミナルへ行くには会場を逆戻りしなければならないし、第一、着いてからまだ30分と経ってはいない。このままではバス代200円也がもったいないではないか。そうだ贅沢はテキなのだ。なにせ財布の中身はおよよのさめざめな状態なのである。候補地は二つ。道立近代美術館か北大の植物園かだ。無論交通機関は二本の足である。さてどちらにするべきか。私は当然のようにまず入場料のことを考えた。
 さて、植物園へ行くとするか。

ああしかし、植物園は冬季休館中であった。ある程度予想していたこととはいえ、やはりショックの大きさは隠しきれない。私はその場でムンクの叫び(実写版)を演じてみようかと思った。ひょっとしたらオスカー賞にノミネートくらいされるかもしれない。しかし正面に人影。思うに任せぬとはまさにこのことであろう。散々恥をかいてきた私ではあるが、進んで窓に鉄格子のついた病院に入りたいとは思わない。これは果たして神が私に与えた試練であるのか。だとしたら随分とささいな試練を与える神もいたものである。温室のみ開館中との立看板に一瞥をくれ、私はそ知らぬ顔で再び歩き出した。けっ、俺ぁ別に温室に入らなきゃならないほど寒い部屋に住んじゃいねぇやい。見くびるなよっ。温室のためだけに入館料400円を払うつもりはさらさらなかった。

で、結局その足で帰ってきてしまったわけだ。一体何をしに行ったのであろうか。つらつらと考えてみれば、雪祭りの会場をささっと早足で抜け、植物園を通り過ぎた後に駅北口のターミナルからバスに乗って帰るために出かけたということになるな。我ながらよくわからない三連休の中日(なかび)である。あ、そういえば帰りにお好み焼き屋の店頭で売っていたたこ焼きを買ってきたんだっけ。6コ200円は実にリーズナブル。往復のバス代は400円だが、まあよしとしようではないか。でなければあまりにも悲しすぎる。腹も減ったし、早速食うとするぞ。電子レンジで1分。うふふふ。
「世界ではじめて遠赤外線で焼き上げ」
 パッケージのシールにはそう書かれていた。
 う〜む。

(2,329字)