捜し物は見つけにくし

何度も言うが、現時点で私は社会人1年生である。
 仕事の中には常として雑用が紛れ込むことが非常に多い。誰かがやらねば始まらぬことだし、しかも誰でもできる。これをばしっとしたわんだほーな仕事をさせるには頼りない1年生に任せるというのは、まあ理の当然とでも言うべきことだろう。そして私は今日も雑用をこなしてゆくのであった。電話が鳴れば真っ先に取り、供覧を終えた書類はホチキスの針をはずして古紙回収ボックスへ。そして郵便を取りにいそいそと上の階に向かったりもする。とりたてて変わることのない日常である。窓の外では飽きるとも知れず雪が踊り狂っているが、概ね平和だと言えよう。いそいそ。思ったとおり、文書の棚には郵便物がたまっていた。

ああ、週明けは土日にたまった郵便が一気に届けられるからいつもより量が多いなあ。むむ、この厚みと手にずっしりくる存在感は毎月届けられる雑誌であるな。どうせ誰も読んじゃいないのに、よくもまあ律儀に送ってきてくれるものだ。せめて年に一回でも役に立つといいんだがね。さもなきゃ君は誰の目にも触れることなく本棚から追い出されるのだよ。うむ、専門分野の雑誌に生まれるというのもきっとつらいものなのだろうね。今度再生紙として使われることがあったらそこらのコピー用紙なんかじゃなくて、売れ行きのいい週刊漫画誌にでもなれるといいだろうな。できれば広告なんかではなく、もっと__。
 妙に同情的であるが、人目に触れずこっそりと消えてゆくというのがどうにもこのページにダブるわけだ。決してわけもなくセンチメンタルになっているということはない。さて、早く封筒から出して日の目にさらしてやらなければ。

机の上に郵便物を無造作に置く。開封してそれぞれ担当の人に渡すのだ。さもないとそれらは万年雪のように机の脇にたまる書類達と同化し、いつしか私をしてけったいな叫び声をあげさせしめるのである。ああ恐ろしい。始祖鳥の泣き声というのはきっとあんな感じだろう。根拠はないが。
 はて。私はそこではたと思い当たった。カッターはどこだ?
 私は封筒を開ける際にはいつもカッターを使うことにしている。ハサミを使うのはキライだ。開封するときに中の書類も一緒に切ってしまったと気付いたときのあのショック。想像するだけで身の毛がよだつチキン肌。ぶるぶる。カッターカッター、と。
 ううむ見つからない。一体どこに行ったのだろう。おかしいな、昨日使ったのは覚えてるぞ。ええと、今日はまだ使ってない。とすると、犯行時間は昨日帰ってから今の間というふうに絞り込まれるわけだ。多分そこらへんにほいっと何気なく置いてしまったのに違いないが……昨夜未明にカッターを形作る成分が突然変異を起こしてみょっと足が生えた可能性も皆無ではない。そのままとっとこどこかに歩いていってしまったのだろうか?う〜む、だとすれば捜索すべき範囲は劇的に広がってしまうな。寝首をかくためにおいらの部屋に向かったというセンも捨てがたいが、しかし。

がらぴしゃずいっ。ごろごろ。まずは引出しの中から探してみる。ない。確かに昨日几帳面にしまってから帰ったという記憶はないしなあ。ないとは思ったんだがう〜む。がさがさごそごそ。ずしゃしゃうぎゃっ。わたわた。机の上にもない。ひょい。がたんこ。ノートパソコンの裏側にもはりついていない。しかしこんちくしょうめ、このノートパソコンは本当に重い。こんなの誰が持って歩こうってんだ。そんな奴の気が知れねえぞ。お前は今日からノートパソコンじゃないっ。これからはおもし型パソコンとかなんとか、そんなふうに名乗りやがれっ。がうがうがるるる。わんわんきゃいんっ。かんらからから。
 なに探してたんだっけ。

結局いつまでたっても行方不明のカッターは見つからなかった。不思議なこともあるものである。つい昨日まで我々はあんなにうまくいっていたと言うのに。一体どこに姿をくらませてしまうほどの不満があったというんだ?うう、俺はもうお前なしでは生きてゆくことすらままならぬ。なにがなんだかさっぱりわからないが、とにかく俺が悪かった。帰ってきてくれぇぇぇおいおい。その瞬間にカッターが見つかったら、間違いなく私は頬ずりという最高レベルの愛情表現をくりだしていたことだろう。想像しただけで顔から血が出る。あきらめの悪い私は、その後も懲りることなくカッターを探し続けた。引出しだって何度も開け閉めした。しかしないものはない。ええいもうお前の事なんか知ったことか。本当はお前は俺の子なんかじゃないっ。ある日橋のたもとで拾ってきたんだっ。
 結局郵便物はハサミを使って開封したのだが、やはりいつもと勝手が違うせいもあってやたらめったら慎重に作業をする羽目になった。蛍光灯の光に透かし、上の方を爪でぴしぴし弾き、かすかな切れ目を入れては取り返しのつかない羽目に陥っていやしまいかと目を皿にして覗き込む。ちょっとした偏執狂の一丁上がりだ。まったく、なんだってこんなことになったのだろう。

とは言うものの、物をなくすということに関しては私はちょっとしたものである。なんていうかさ、一日の長ってヤツ?もはやカオスと呼ぶにふさわしい様相を呈しつつある部屋の中で財布は見当たらず、鍵は姿をくらまし、シャープペンシルはふんずけたはずみで足の裏に突き刺さる。消しゴムの数など、一体どれだけあるのか見当もつかぬというありさまだ。どうだ驚いたか。驚け。さもないと呪うぞ。

何度も何度もそんなことを繰り返していれば、いつしか心というものは悟りの境地に達するわけだったりする。無理もないことだろう。ハん、そんなにいつもいつもうろたえてばっかりいてたまるかってんだ。捨てちまったわけでもないんだから、いつかそのうち出てくるさ。ある日突然、思いもかけないところからひょこっとな。しかも全然必要としていないときにさ。わははは。要る時にはカケラほども出てきやがらないくせにな。憎いあんちくしょうとはまさにこういうもののことを指して言うのである。
 まあいいさ。探し物なんてのは結局のところ見つからないようにできてるんだよ。悟りというよりは投げやりの極みである。まあそれで心に平穏がもたらされるのであれば、結構なことには違いないだろう。探し物はどうせ見つからないんだから諦めろ。これが今日のイチオシである。

ちくしょう、しかし一体どこ行きやがったんだカッターのヤロウ。

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