恥ずかしい話

私には小指がない。

というのはもちろんウソであって、本当のところ小指は右手左手ともに生えているわけだが、世の中に数多存在する符丁の一つであるところの小指、つまりは付き合っている女性という存在が私にはない。なんだかのっけからナサケない話で恐縮だが、事実は事実なのでうむむ、いかんともしがたいのである。うなっているだけで彼女ができれば苦労はしないんだけどなあ。それならきっと今ごろ私には1億9千万人くらいの彼女がいるんじゃないかと思う。うひひ。両手の指の他に足の指と歯の数をくわえてもまだ足りない。もちろん数がモノをいうばかりの話ではないが、それにしたって、ねえ。1億9千万人の彼女ですよアナタ。いいよなあうひょひょ。想像するだけならタダだロハだ無料出血大サービスだ。

それはともかくとして、私に彼女がいないという話はやはり冷酷な事実として私の目の前にあるわけである。嗚呼。しかもその上なんだ、うう、私には女性と付き合ったことがないわけでもあったりなかったりでえ〜とその。あ〜なんですか、3月に入ってからこっち、めっきり暖かくなりましたねえ。ええまったくですとも、雪どけで道路がぐっちょんぐっちゃんになって歩きにくいのは困りますが、いややっぱり春ですなあずずっ。……茶などすすりつつ現実逃避などしている場合ではない。ああそうだとも、この世に生を受けて二十と数年。女性と付き合ったことがないってんだよコンチクショウ。参りやがったか。
 こういう話をするとどうしたってトーンが暗くなる。困ったもんだが、ここは一つしょうがないと諦めよう。とほほ。

しかしそんな私にも一度だけ、女性とディトらしきものをした経験がある。ええ誤解のないように一応言っておくが、ディトといっても日付のことではないからそのつもりで。しかし、女性と日付らしきものをしたものがあるって一体どう言うことだ?いかん、やはり少々混乱しているようだ。いや〜やっぱり恥ずかしいわけでしてね。もじもじ。
 で、その一度だけと言うのがこれまたえらく昔の話になってしまうのだから恥の上塗りというか、情けなさもここに極まれりかといった感がある。私がまだ中学生だった頃の話だ。ここまでくるともう懐かしいを通り越して無我の境地である。そうでなければ誰がこんなところでこんな話をするものか。カビが生えまくって時折胞子なんか飛ばしちゃったりするぞ。あんまり近寄らない方がいいんだからなっ。

私の中学生の頃の友人に、β君と言う御仁がいた。いかにもおざなりな名前ではあるが、これがいわゆるちょっとしたブルジョワジー階級にいるような人物だったのだ。当時の私もせいぜい尻尾を振って時々おこぼれにあやかっていたものだから、悲しきプロレタリアートといった趣もちょっとしないではない。ともあれ、そんなβ君はちょっとしたブルジョワジーらしくちょっとだけ小洒落た輩でもあった。当時の田舎の中学生にしてはまともな腕時計をしていたし、着ていたものもそれなりだったような気がする。ゲームソフトなんかも結構潤沢に持っていたようだし、彼の家にはちょっと高そうでひょっとしたら血統書でもついてるんじゃなかろうかという犬もいた。まったくもって羨ましいことこの上ない。

で、ちょっとブルジョワジーでちょっと小洒落ていて、ちょっと高そうな犬を買っている彼は必然的に異性との付き合い方にも洗練されていたのだろう。ある日、彼は私に突拍子もない提案をしてきたのである。次の日曜日に2対2で遊びに行かないかと言うのだ。ななななんだとっ。当然私はおったまげた上に色めき立った。どれくらい色めきたったのかといえば、その場でリンボーダンスをしてしまいそうになったが理性を総動員してなんとか食い止めたというくらい色めき立った。自分で言うのもなんだが、その頃の私は今にも増して風采の上がらないヤロウだったのである。眼鏡はなんの変哲もない銀縁だし、髪はこれまたなんの変哲もない短髪である。……なんだか今とほとんど変わらんような気がするな。ちなみにβ君は天然パーマだった。まあちょっとだけ私のほうが勉強はできたがね、ふふんッ。しかし勉強ができたとは言ってもスポーツはからっきしの運動オンチを地で行くようなヤツだったのだから、これはもう絵に描いたように女の子にモてなさそうな中学生である。なんだってまあβ君もこんなうだつの上がらなさそうな奴を誘ったんだか。

ともあれ、私は一も二もなくその誘いに飛びついた。据え膳食わねばなんとやらと言うではないか。何も言わずに食らいつくところは少々見境のない行為のようにも思えるが、なにせ生まれて初めてのことなのである。もう約束の日が待ち遠しくて待ち遠しくて狂おしくてうわぉぉぉん、などと夜鳴きをしてみたりもする。そんなのは赤ん坊以来のことだ。もういくつ寝ると日曜日。お預けを食らった犬だってここまでの反応は示すまい。
 だが、そんな狂おしい感情とはまた別に、私は一抹の不安を澱のように抱える羽目になった。未知の領域と言うのは不安なものなのだ。う〜、一体どのような格好をしていけばよいのだ?まさか制服で行くわけにもいかないよな。日曜日なんだし。あと、パジャマ姿ってもやめた方がよさそうだ。う〜むやはりここは普段通りの格好で行くのが無難だろうか。いや待てしかし。あぅぅぅ一体どうすりゃいいんだ。ぐ〜メンドくさい……いっそのことパンツ一丁ってのはどうだ。
 待ち合わせ場所に着く前に交番送りにでもなりたいのだろうか。

それに加えて実際に行動を共にした際の振る舞いはどうすべきかということで、いたいけな中学生の頃の私はまた悩む。会話の運びはどのようにすればいいんだろう。やはりつかみは天気の話題か。ううむ農耕民族丸出し。だめだッ。そんなことじゃあソフィスティケイションには程遠い。ああだがしかし、他に一体どうやって会話のきっかけをつかめばいいのだ。う〜ここが思案のしどころであるぞ。脳味噌を引き絞れ。……ああなんだか乾いた雑巾。いや乾いたスポンジっ。ふぬぬぬ。え〜とゲームの話題なんかどうだ。いやいかん。うちの姉貴だってゲームなんかほとんどしないし。がうがうどうすりゃええっちうねん。む〜、百人一首なんかどうだ。どぎゃああああ。
 ……夜がだんだん長くなる。

明けて日曜日。前日降った雨がアスファルトに水溜りを残してはいたが、まずはすがすがしい陽気である。季節は秋も深まりし頃。お出かけにはおあつらえむきといえよう。しかしそんな天候とは裏腹に、私はといえば寝不足が服を着て歩いているようなありさま。結局着ているものはいつも塾に行っている時とほとんど違いがない。あるとすれば寝ぼけたツラくらいなものだというのだから悲しいではないか。まあせいぜい楽しんでやろう。
 まずはβ君と会うために彼の家へと馳せ参じる。私の家の近くには炭坑があり、そこから出てくる排水だか何かを溜めるための池があった。我々は「沈殿池」と呼んでいたのだが、それをすぐ目の前に臨むあたりにβ君の家がある。彼はまだ出かける準備をしている途中であったらしく、それを待っている間に私は「はいるな危険」と書かれた看板の貼ってあるフェンスを見るとはなしに眺めていた。う〜む、いったい俺はなにをしようとしているのだろう。誘いを受けてから初めて、私は自分が置かれている状況というものを冷静に見つめている。なにか取り返しのつかないことをしているんじゃないだろうか。よりにもよって2対2の逢引もどきだぞオイ。今の今までそんなこととは隔絶された世界に住んでいると思っていたんだがなあ。沈殿池はあくまでも静かなままで、時折通りを行き来する車の音が聞こえてくる。看板の絵はいつみてもヘタクソだ。


「悪い悪い。さ、行こうぜ」
 β君の登場である。服装はどうやらいつも塾で見かけるときと大差がないらしい。その点では私も同じハズなのだが、どうも印象が違うような気がしてならなかった。彼がそうするとこういうことに慣れきった余裕の現れなのじゃないかと思うのだが、私はといえば、ただ単に着る物が他になかったんじゃないかこの貧乏人といった趣なのである。いやいやいかん。ハナから卑屈になっては勝てるものも勝てんじゃないか。自信を持て自信を。う〜むむむ。
 別に勝負するわけでもないのだから気張ったところで無駄なのだが。

道すがら、私はβ君から本日のお相手についての教授を受けた。それによると、彼女らは隣の中学校の生徒で、ちょうどβ君と塾で同じクラスという縁があるらしい。むむむ、そりゃ確かに私のクラスにだって他の学校の生徒はいたが、よりにもよってそんな相手に話しかけた挙句に体よくででででディトに誘い出すなどとは、まさか。さすがはβ君。見上げた根性であるものだなあ、と私は内心舌を巻いた。今からして思えば別段どうということもない話だが、当時の私にとっては知らぬ相手に、ましてや学校を異にする相手に話しかけるなど想像もつかぬことというか、言語道断であるというか、ともあれそういった禁忌的事項の一つにピックアップされてしかるべき事象だったのである。第一そんなことをした日には、その学校のちょっとコワモテのおニイさんが出てきちゃったりして、「おぅおぅなにオレの学校の生徒にちょっかいだしとるんじゃい」などとスゴまれてしまいそうではないか。あああ想像するだけで震えが来る。ぼ、ぼぼぼぼ暴力反対にございますっ。「なんだとコラ?ナめてんのかおメえ」いやややナめるだなんて滅相もないそんな顔も洗ってなさそうな汚いツラ。ぼきゃぼすどっかん。ごきごきめりっ。べったんこ。ふんぎゃあああ。うう、見知らぬ他校の女の子に声をかけただけで全治3ヶ月。そんなのたまったもんじゃないぞくわばらくわばらつるかめつるかめ。

ふと現実に返って私は無傷の自分をまず確認した。ううう想像力が豊かであると言うのも考えもであるなあなどと思いつつ、足を引きずるようにして歩く。どうでもいいが、こういうのは想像力と言うよりは妄想力と言ったほうが近いんじゃないだろうか。
「お、ここだここ」
 β君の声にふと顔を上げてみると、そこにはごく普通の住宅が。およよ、と私は困惑した。今にも中からランニング姿のおっさんが出てきて腹でも掻きつつ欠伸のひとつもかまし、ついでに新聞だか牛乳だかを持っていきそうな雰囲気である。無論ちょっとひん曲がった煙草は欠かせない。銘柄はハイライトとかセブンスターとか……う〜ん、なんだかイメージと違うよな。まさか少女マンガに出てくるようなお城もどきの家に住んでいるなどいう期待を持っていたわけではなかったが、それにしても普通すぎるくらいに普通なおウチではないか。せいぜい妄想をたくましゅうして件の相手のイメージを作り上げていた私は少々肩透かしを食らった。生活指導の先生がなよなよとしたお坊ちゃん先生だったかのようなショック。いやいやしかし、とここで思い直してみる。やはりこれは異性と言えども我々と同じ人間であるとのなによりの証拠ではないかっ。そうだそうだ。なにを恐れる必要がある。私も人間。彼女も人間。そうとも今日はただ単に一緒にお出かけするだけの話なのであるぞふぬぬぬっ。しかし浮いたり沈んだり全治3ヶ月になったりと、なんだかやたらに忙しい。


「あ、おっはよ〜」
 というわけで、とうとう例の娘のお出ましである。はんぎゃ。寝不足もものかは、脳に突如として大量の血液が流れ始める。ああ、やはり想像力には限界がっ。うひぃぃ本物だ本物だ、本物の女の子だぁぁ。女の子ならいつも教室で席を同じゅうしているにもかかわらず、この興奮。うううやはり休みの日に合うというのはいつもとは一味違うぜッ。いつものよそ行きの雰囲気とはやはり違うぜッ。珍しい動物を見た子供さながらの反応である。しかし、やはりそれを表に出してはならぬ。「げ、なによコイツちょっとオカシいんじゃないの?こんなのと一緒に出かけるなんてイヤだわイヤだわ私イヤだわぷいっ」とならんとも限らんではないかううう鉄面皮だ鉄面皮。今も昔もやっていることは大して変わらないような気がするのは考え過ぎだろうか。
「ごめんね、まだ○○ちゃん来てないんだ〜」
 いやいやそんな滅相もない。遅刻だろうとなんだろうと許しますとも許しますともええ私は広い心の持ち主ですからッ。
「私もまだちょっと用意があるから、待っててくれる?」
 私はもちろん壊れた人形のように高速の頷きを返す。いやいややっぱり女の子は準備が色々あって大変なんでしょうもちろん待たせていただきますともええ私は広い心の持ち主ですからッ。誰ですか待つのがいやだなんて言うヤロウはっ。ええい貴様かコノヤロウ。危うくβ君の首をしめてしまいそうになる。ここまで舞い上がればもう思い残すことなどなかろうというくらいに舞い上がっていたのだ。しかし、こうまであっさり言うなりになってしまうあたり、弄ばれたあげくにポイされ男の素質充分と言ったところなのではないだろうか。
 ほどなく例の娘の友達であるところの○○ちゃんとやらもやってきた。これで心置きなく出発できると言うものだ。さあ右足と左足を交互に出しつつ元気に行こうではありませんかッ。端から見れば四人の中で一人だけ浮き上がっている奴がいたことと思うが、言うまでもなくそれが私だ。

どうでもいいが薄情な私はこの二人の名前を忘れてしまっている。顔なんかはもちろん言うに及ばない。というわけで例の娘をγ(ガンマ)さん、その友達の○○ちゃんをδ(デルタ)さんと呼ぶことにしよう。こんなことをしていいんだろうかと言う気も少しだけするが、まあいいや。

ところで、今日の予定は一体どうなっているのだ?私はこっそりβ君に耳打ちした。驚いたことに私は予定の確認をしていなかったので、先のことに関しては五里霧中というありさまだったのである。舞い上がるだけ舞い上がっておいて、肝心のことはさっぱり忘れている。我ながらけったいな輩だ。ともあれ、β君によると本日はまずボーリング。しかる後に昼飯でもやっつけようということらしい。ふむふむ。当時はカラオケBOXというものがぼちぼち田舎にも出来始めた頃だったのだが、価格設定がまだまだ高く、貧乏な中学生風情に利用できるようなものではなかった。CDとLDで料金設定が別だったりしてまったくもう。絵が動こうが動くまいがどうだっていいじゃないのねえ。まあ、そんな中での本日のプランである。オリジナリティーには欠けると言わざるをえまいが、とりあえず妥当なところなんじゃないだろうか、などと単なる初心者であるにも関わらず私はそんな風に考えた。まさか女の子を連れて「そこらのデパートにあるゲームコーナー1回20円でおトクでっせ」に向かうわけにはいくまい。

ところが、これがあまり妥当な話じゃないんじゃないかと私が気がつくのにそれほど時間はかからなかった。β、γ、δというなんだか高校数学の教科書みたいな三人とともに、結局天気の話などくりだしつつボーリング場に向かったのだが、よくよく考えてみれば私はボーリングが苦手なのであった。なんという手抜かり!おいおいどうすりゃいいんだいと隣を見ても誰も救いの手を差し伸べてはくれない。いるのは楽しげな話に興じる高校数学三人組である。ええい中学生のクセに高校数学とは生意気なッ、と思っても時すでに遅し。ゲームの手続きは終わり、あとは靴を借りてボールを選んで投げるだけ。うううううこんなことになるのならッ、と前もって予定を尋ねておかなかった自分を責め苛んでも、残るのはシューズの引換券のみなのである。ううう今更アベレージが80で時と場合によってはそれ以下だなんてどのツラ下げて言やあいいってんだ。こんなツラか、それともこんなツラかッ。

しかし、いつまでも一人百面相をやっていても埒が開かない。とほほわかったよわかりましたよ。投げりゃいいんでしょ投げりゃ。βめ、今に覚えてろよぉ。β君とはそれまでボーリングをしたことがなかったので、彼は私の下手さかげんを知らないのである。それで覚えてろなどと言われた日にはおそらくたまったもんじゃなかろう。こういうのを逆恨みというわけだ。
 ともあれ私はγさんよりも軽く、δさんと同じ重さのボールを手に一人物思いに沈んだ。腕力も貧弱だったのだ。だが、果たしてこの危機をいかにして乗り切ったものか。ううむ悩ましい。しかしなんとかせねばこの後のめくるめく展開は望めぬのだぞ。しっかりしろ俺っ。ああそれでもいきなり階段を踏み外して捻挫というのはいかにもわざとらしい。しかも本当に転げ落ちねばならんのだから痛いではないか。却下。宗教上の理由でボーリングをやってはいけないことになっている。ボールまで持ってきておきながらなにを言っているのだお前は。却下。父親の遺言、母親の看病、代々伝わる秘密の決め事ッ。だめだだめだそんなんじゃダメだぁぁぁぁあっ。炎の芸術家さながらに悩んでいるうちに、練習フレームも私の出番とあいなってしまった。すべては手遅れだったのだ。ううう先立つ不幸をお許し下さい。ああ、しかもβ君はストライクである。
 悲壮な覚悟を胸に、私はレーンに立った。
 こうなったらもう破れかぶれ。どうにでもなりやがれってんだこんちくしょうめ。くっそぅ後ろの高校数学どもめ何食わぬ顔しやがってからにこのニブチン揃いがっ。どこの誰であろうとも、ボーリングの練習フレームでここまで悩む奴がいようとは思うまい。そして私はとうとう第一歩を踏み出した。こんちくしょうがぁぁぁぁッ。びしゅ。ぼて。ごろごろ。ありゃ。なんとしたことか、ボールは1番と3番ピンの間、通称ポケットへと転がって行く。おお?もしやこれは?すぱこぉん。
 すっ、すすすすす酢の物っ。
 それを言うならストライクである。ぎゃああああああああああストライクだぁぁぁ。私は思わずその場で開脚前転しそうになるのをすんでのところで思いとどまった。しかし興奮のあまり心臓の鼓動は早まり血圧は一気に上昇カーブ、全身総毛立つというありさまになった。この世の終わりがきたとしてもこの記憶があれば後悔はするまいというくらい喜んだのだ。うひょぉ。うひょひょ。むははははッ。それ見たことかッ。気合はなにものをも凌駕するのだ恐れ入ったかぁぁぁ。今にも心臓発作をおこして昇天しそうな勢い。かんらからから。後ろのγさんもδさんも「すっご〜い」などと言いながらこちらを見ている。いやあ見ていてくれましたか。不肖しろ●、とうとうやりましてございますッ。ありがとうありがとう、右や左のダンナ様奥様方っ。苦節十と数年、ワタクシついにやったのですッ。ああ、γさんδさんの羨望を込めた視線がイタイぜっ。うっひょぉ。
 よくよく考えてみると、これが人生初のストライクであったような気がする。


「二人ともウマいよね〜」
「ほんとほんと、私達恥ずかしいよね〜」
 練習フレームが終わり、いよいよゲーム本番へ突入。私は先のストライクですっかり有頂天になり、γさんとδさんの台詞でさらに鼻の穴がおっぴろがった状態になっていた。うひひのむききっ。そうか、今まで気がつかなかったがひょっとして俺にはボーリングの才能がってヤツ?にょほほ。ここは一つカッコのよろしいところをお見せしなければなりますまいにッ。さあ私の出番だいよいよ真打の登場にござりまする。近くば寄って目にも見よッ。
 何の話をするにしたってそうだが、肩に力が入り過ぎるというのは考えものなのである。特に初心者はその愚を冒しやすいもので云々。しかし往々にして本人はそれには気がつかないわけでしてごにょごにょ。え〜、つまり何が言いたいのかと言えば、その後の私のスコアは実に惨憺たるものであったということなのだ。ええい、それでどれくらい惨憺だったかというと、「惨憺の殿堂」というものがあれば間違いなくノミネートされるであろうというくらいに惨憺だったわけでぬぬぬぬ。1ピン、ガター、ガター、3ピン、またガター?このレーン歪んでんじゃねんのかうぎょ、はぎゃ、おろろろ。ああ。


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ボーリング場をあとにする私は、意気消沈たるありさまをなんとか表には出すまいとせいぜい努力していた。ううう、大恥かいたぁ。誰かおいらの心の傷をやさしく介抱してはくれませんか。その柔らかい胸で思いきり泣かせてくれませんかッ。他のお三方はそんな私の内情には気付くはずもなく、ゲームの出来をそれぞれに話しながら笑いあっている。まあそれも当たり前だろう。所詮はゲームなのだから、落ちこむことも有頂天になる必要もないわけだ。私も同じような話をしつつ、今日は調子が悪くてさぁなどと臍茶ものの言い訳をしていたのだが、おそらくその笑い顔はものすンごく引きつっていたに違いない。
 結局その後はさしたる進展もなく、某ファーストフードてんで昼飯をしたためて帰ったわけだが、私はすっかり上の空。記憶も曖昧なのである。ああ、これが今のところ最初で最後のデートらしきものだなんて、なんて恥ずかしい話なんだッ。とほほほ。
 そんなわけで、誰か私とデートだとかそんなことをしてみませんかね。今でも当時と大して変わらぬボーリングの腕をお見せしようではないですか……ってやっぱりヤダぞそんなのは。よよよ。< /p>

……余談になるが、この間久しぶりに帰省してみると件のファーストフード店は移転もしくは撤退してしまったらしく、入り口で「貸店舗」の看板が不動産屋の電話番号と共に虚しく北風に吹かれていた。まったく所業無常な話もあったものだコンチクショウめ。

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