バイトとタマネギ

やあ、またお会いしましたね。別に会いたいなんて思っちゃいなかった人が大半なんでしょうが、まあこれもなにかの因果ってヤツです。皆さん前世でなにか悪いことでもしたんじゃないですか?

ではさっさと本題に入ることにしましょう。皆さん、アルバイトの経験ってのはおありですか?
 まあ大学生以上の方なら大抵はあるんでしょうけどね。高校生より下だとどうかな。学校によってはアルバイトを禁止してるところもあるでしょうからね。まあそういう方には「ふ〜ん」とでも思っていただければいいんじゃないかと思います。ひょっとしたら実際にやってみる際になにかの参考になるかもしれませんし。

やったアルバイトってのは某宅配便の荷物仕分け作業でした。大学3年の夏だったかな。全国各地からだーっと集まってくる荷物を配達先ごとに分けていくわけですね。コンベアで流れてくる荷物の中から自分の担当している地域あてのを探してえいやっ。時期が時期だけにお中元が多かったように覚えてます。ま、要は力仕事ですね。
 これ、働く時間が深夜だったこともありまして、他に比べると時給はそんなに悪くありませんでした。でも、残念ながら仕事自体はそんなに楽じゃなかったですね。まあ、ラクな肉体労働なんて聞いたことありませんけど。
 しかし、それよりも問題だったのが勤務時間。通っていた大学の近くから専用のバスが出てたんですが、それで勤務場所までつくのになんと2時間。夕方の6時にバスが出まして、働くのは夜の8時から途中休憩を挟みつつ朝の4時まで。結局部屋に帰りつくのと朝の6時を回ってましたね。実質12時間拘束ですよ。あとはただ寝るだけ。日程を詰めこんでいた人なんか、寝る→バイト→寝るのループにはまりこんじまってました。
 いや、しかし改めて話をするとなんだかすさまじい労働環境のような気がしてきましたね。まあ、それでも私なんかはもともと夜型のケがありましたから、眠いとかそういうことはあまりなかったです。むしろ、これのおかげでいまだにちょっと気を抜くとすぐ昼夜逆転の生活になってしまうくらいでして。

それはともかく、私が働いていた時期っていうのはさっきも言っていたようにお中元まっさかりの頃でしたから、ともかくやってくる荷物の料が尋常ではありませんでした。さばいてもさばいても荷物の山が減らない。これは少々しんどかったです。
 で、そんなある日のこと。私はいつものように汗をかきかき勤労学生をしておりました。荷物はメロンとかじゃがいもとかが多かったかな。北海道発のお中元ってのはこんなもんなんでしょう。ベルトコンベアが次から次へと荷物を運んできまして、たまたまブツの多い地域に当たってしまった日はもう悲惨。その日はどっちかと言えば忙しい方だったかなあ。やれやれ、早く休み時間になんねえかな。そんなことを考えながら働いていたのを覚えてます。
 と、通り過ぎた荷物の中に自分の地域のブツを発見。むむっ、こいつはマズいぞ。手にした荷物をほっぽり出して、私は後ろを振り返りました。
 そういうふうに流れてしまった荷物は、最後にまとめてもう一度流すんですが、しかしこれがあまりにも多いと無能の烙印を押されてしまいます。それでクビになるってことはありませんけど、やっぱりいい気持ちはしませんから、皆結構必死になったもんです。
 で、私もご多分に漏れず無能だと思われるのがイヤでしたから、コンベアの下流に向かって走りました。おぉい、そこの荷物ちょっと待てぇぇぃ。どたどた。問題のブツはタマネギ。やっと追いついて抱きつくようにして箱を持つと……ぐわ、こりゃまた重いぞぐぬぬぬぬ。しかしあんまりのんびりしていたのではまた担当の荷物が流れてしまいます。そこのけそこのけタマネギが通る。決死の早足で持ち場に戻る途中、がさごそとダンボールの中でタマネギが鳴っていました。
 おや?これはなんかいつもと違うな……。違和感を感じたのはその時でした。その原因を探るべく、比較的自由のきいた指先で箱をさぐると……むむ。なんだか底の方に膨張感があるような気がします。これはちょっとヤバいんじゃ?
 そう思った次の瞬間。
 ばりっ。
 げっ。だ、ダンボールの底が抜けたぁぁぁぁ。
 どさどさごろごろ。床一面にタマネギが飛び散りました。それらがまるで檻から逃げ出したネズミのようにあちこちに転がっていきます。あるものは他のバイトさんの足元へ、またあるものはコンベアの下へ。ひえええええ。「無能」の二文字が私の脳裏に浮かびました。視界の端で、ただならぬ雰囲気を感じ取った職員さんがこっちへ走り寄ってくるのが見えます。も、もうだめだぁぁぁ。
「どうしたどうした」
「あ〜、タマネギこぼれちまってるよ」
 ひぃぃごめんなさいごめんなさい。顔から血の気が引きました。なんといっても大事なお客様の荷物です。それをこともあろうにぶちまけた。タダじゃすまないと思いましたね。いや、免職の上出入禁止という事態すらありうるのではッ?ああああ。無能無能無能……頭の中では無能の二文字がぐるぐる。
 しかし、職員さんはとりたてて騒ぐわけでも、慌てる素振りもみせません。それどころか、床に転がっているタマネギを拾って抜けた底から元通りに詰めなおしているではありませんか。それが完成すると、底の部分をガムテープでぺたぺた。は?もしや、あの〜。呆然とする私の前で、作業はあっという間に完了してしまいました。
「これでよし、と」
 職員さんはそれだけいうと、なにごともなかったかのように去っていきます。そして私の足元には、今までのことなどそ知らぬ顔で鎮座しているタマネギの箱1つだけが残されたのでした。まさか、これそのまま送っちゃうの?
 まさに唖然呆然です。しかしまわりを見てもみんなまったく普段と変わらぬ仕事振り。どうやらそういうことのようで……。ひゃ〜、と思いつつ、私は慌ててタマネギを仕分け箱に突っ込みました。それですべては一見落着したのです。
 まあ、タマネギなんてのはもともと泥のついた状態で送られますから、実際のところはどってことないことだったんでしょう。しかし、まさか、一度ぶちまけてしまったものをそのまま送るか?非常に激しいカルチャーショックを覚えたのを今でもはっきり覚えてますね。ううう宅配便恐るべし。

で、そんな失態をしながら、バイトは結局1ヶ月で終わりました。いくばくかのお金も手にしました。しかし、それからしばらくの間は宅配便で物を送るのに一抹の不安を覚えるようになってしまいましたね。なんたってぶちまけた荷物でもそのまま送っちゃうんですから。人の荷物はいいかもしれませんが、自分の荷物でそれをやられるのはちょっと勘弁してほしい……なんて自分勝手なことを考えたりしてね。特に自分が働いていた会社では送りたくなかったなあ。

まあ、そんなこんなはありましたが、今からして思えば業界の裏を見てみるってのもそれはそれでいい経験になるもんです。こと私の話に関しては一概にそうとも言い切れないような気もしますが、そうか実際にはこんなことがッ、と目を見開かされることには違いないですしね。バイトの経験がまだない皆さんも、やっぱり一度社会の荒波にもまれてみるといいんじゃないかと思いますよ。今までとは一味違った世界を見るのは、確かになかなか得がたいものでもありますしね。どうです、今度の夏休みあたり?

と、いうわけで本日はアルバイトでタマネギをぶちまけた話でした。
 それでは、また機会がありましたらお目にかかりましょう。では。

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