短気について

気が短いというのは大抵の場合よくないものだと思われている。その場の激情に身をゆだね、深く考えることもせずに行動に訴えてしまうような態度は理知的とは言えず、オトナの振舞いではないのである。いかなる場合も沈着冷静、雨が降ろうが槍が降ろうが慌てず騒がず、それでいて下す判断は冷静かつ的確その上迅速に。こういうのが理想とされるのだろう。実に結構。こういう態度の前では、我を忘れて腕をぐるぐる振り回すようなお子様の出番はまったくないと言ってもよさそうだ。
 だが、理想どおりにことが運ぶかと思えばさにあらずというのが実際のところである。もちろん頭の中では慌てず騒がないことがいいのはわかっている。だが雨が降ろうが槍が降ろうがそれを実践しようと思いつつ、いつの間にやら針ぶすま、というのが大体のところだ。的確な判断を下そうと思えば時間がかかり、スピード重視にすると拙速になる。とかく足りない脳みそというのはそういうものらしい。
 いつも冷静なだけじゃ、なにが楽しくて生きているのかわからない、という言い分は確かにある。時にはその場の勢いに乗ってみるのもまた楽しからずやだ。しかしよくよく考えてみれば、今まで短気を起こして何か得をしただろうかということが頭をよぎる。テストの時にええいままよと選んだ選択肢は答えあわせの時いの一番に候補から除外され、見てみるとなんでそんなものを選んだのかさっぱりわからない始末。ささいな一言にカっとなってお前のかーちゃんでべそと言ってみたら相手は血を分けた兄弟だった。ヤケ食いしたら鼻血が出る。ちっともいいことがない。
 私も元来気の短い方だった。よくモノに八つ当たりしては後悔する羽目に陥ったものだ。相手が人ならまだ自重もできるのだが、そうでないと歯止めが利かないのは困ったものである。たとえばテトリスをやっていたとする。最初の頃は快調にゲームが進んでいたのだが、やがて望ましくないシチュエーションというのが必ずでてくるだろう。欲しいブロックはそれじゃない。違う、お前じゃないってば。ああ、また同じカタチのが降ってくるっ。うきー、四角なんか3つも4つもいらんのじゃー。あ、また四角。このヤロウなめてんのかッ!がしょーん。
 あっ……。
 そうやってコントローラーをゲーム機本体に叩きつけた挙句、修復不可能な傷をつけてしまったりした経験が何度とならずあったりする。初代のファミコンはイジェクト部分が砕け散ったし、スーパーファミコンは筐体のカバーが割れた。プレイステーション用のCDを2枚ほど叩き壊したし、つい先日も本体を破壊したばかりである。さらに旧悪をあばいてしまえば、襖に穴を開けたことも、近所のガラスに向かって投げつけた石が見事なコントロールで命中したこともある。中学校のドアに蹴りをくらわせて、ガラス部分にクモの巣を走らせたのもよろしくない思い出だ。
 このような経験から察するに、短気な行動というのはどうやら何かを壊すものらしいということが推測される。その後に待ち構えているのは激しい自責の念であったり、強烈なお叱りであったりとロクなものがないから困ったものだ。後からいい思い出になるさ、などと言うことができるのは部外者ばかりである。損害額を計上してやればせいぜい驚いたフリくらいはしてくれるかもしれないが、その前にこっちの顔色が悪くなるといった寸法になるだろう。……今ちょっと考えてしまった。
 私の場合はモノを壊してばかりだったが、もちろん形あるものの他にも壊れるものというのはあるだろう。友人との関係がぶっ壊れたり、恋人との仲が破局を迎えたりすることだってなしとはしない。会社で上司を殴ったら人生そのものが破滅した、となると笑い事ではすまされないだろう。しかし、世の中には随分と壊れるモノがあるものらしい。
 だから短気はいかんのだよ。こいつは色んなものを壊すんだから、まあ行動に出る前にちょっと冷静に考えてみるんだね……とふんぞり返って言うくらいが丁度いいのかもしれない。だが、そもそもそんなことが出来るくらいならもうちょっとマシな応対ができそうなものである。少なくともちょっと自分の思い通りにないからといってゲーム機を叩き壊すこともなかろう。それができないから困っているのだ。
 これを解消する特効薬なんてものはきっとないのだと思う。いざ拳を振り上げてしまったらそれはもう振り下ろす以外に道はないのだ。実のところ行為とその代償を天秤にかけて自重した経験が何度かあるのだが、あれほどストレスのたまるものはないのである。それを発散するために枕に拳を叩きつけているのだから世話はない。次の日目が覚めてみたら妙に手が痛かったりする。結局なにがしかの代償は支払っているわけだ。
 そういうわけだから短気というやつとはじっくり腰をすえて付き合っていくより他にはなさそうだ。ある日突然悟りが開けて菩薩みたいな人格になることだってあるかもしれないのだから、せいぜい可能性を信じてやるのが基地……貴地……うおぉぉぉ、なんで思った通りの変換をしないのだこの馬鹿パソコンがっ!yhじゅ’y67hんつ
 こういうのを反面教師にするのも試みとしてはいいかもしれない。
 では、健闘を祈る。