しらたまこの木

「いつかしらたまこの木を見に行くの」
彼女がそう言ったとき、僕たちはそろそろ傾きかけた日の差す部屋の中で二人してうとうとしていた。とりたててなにをするわけでもなく、ほのかな暖かみの中で時間がゆるゆると過ぎ去っていく。外で自転車のベルが軽く鳴った。学校帰りの子供が嬌声とともに走っている。自動車のエンジン音でさえ耳に優しく響いていた。すべての輪郭はまるみを帯びている。
「若葉がすごく綺麗なんだ」彼女はテーブルに身を預けながら僕を見ている。「丘の上でその若葉を透かして青い空を見るの」
「綿菓子みたいな雲がぽっかり浮かんでる」
「そう。そこでね、一日中風に吹かれながらうとうとするんだ__今みたいに。すごく気持ちいいと思わない?」
確かにすごく気持ちがよさそうだ。そんな絵に描いたような場所がどこにあるのかもわからないし、白状してしまうとしらたまこの木がどんなものなのかだって僕は知らない。けれども彼女の言うように過ごせるのなら、それは本当に気持ちがいい一日になることだけはどうしようもないくらいにわかった。
「しあわせって、そういうことなんじゃないかな」
眠りに落ちようとしているのか、彼女の目はどこも見ていないようだった。それでも目を開けていようとすると、すべてのものは輪郭を失ってひとところに溶けていくようにぼやけていく。今、彼女にとっての世界はそんなふうになっているんだろう。そして僕はそんな混沌とした風景が嫌いじゃなかった。彼女は__どうだろうか?
しらたまこの木の下で暖かな風に吹かれる一日はとても気持ちのいい一日で、それは確かに幸せのひとつの形なのかもしれない。幸せはいろんなところにいろんな形で転がっていて、僕たちはゆっくりとそれらを拾い集めていく。彼女がひとつでも多く、少しでも深く、そんな幸せを集めていければいい。

彼女が目を覚ましたら、熱々のコロッケでも買いに行こう。