「雲の向こう、約束の場所」に見る新海誠の作風について

雲の向こう、約束の場所」を観てみました。
やっぱり絵はキレイですね。抜けるように鮮やかな色遣いと陰影の対比は他ではなかなか見られません。
ストーリーに関してですが、

日本が南北に分断された、もうひとつの戦後の世界。

という前提自体が説明不足でわかりづらい。それだけでなく、全体的に説明はかなり少ないです。体裁としては一応パラレルワールドものになってまして、かつ若干セカイ系だったりもするんですけど、そのように展開されるストーリーに主眼をおいて見てしまうと消化不良を起こしちまうんじゃないかというくらいに説明が少ない。
新海誠の作品はこの他に「秒速5センチメートル」も観てみました。で、二作ほど観た上で思ったのは、この人の作品でストーリーをどうこう言っても仕方ないな、ということです。
叙情的であるとのレビューが多く見られる本作ですけど、それはまったくそのとおり。学生時代の夏休みを満たすゆるやかな空気、というような「雰囲気」がうまく表現されていると思います。大人になってから、ノスタルジアに浸りつつ観るのがよいのでは、という作品になっている。ある意味環境ビデオ的。
で、その叙情性なんですけれども、これ、ストーリーの説明しなさっぷりとある程度対応関係にあるんですね。
本作ではパラレルワールドというSF的な世界を描いているのでより鮮明なんですが、これ、たとえばストーリーの根幹をなす「平行世界」についての説明をし出すと、理詰めでガチガチになっちまうんですね。整合性はともかくとしても、それなりに理屈を構成する必要が出てくるわけで、そうなるともう叙情性どころの騒ぎじゃなくなってしまう。
そういう意味では伏線とその回収、みたいな全体の構成についても結構ツメ甘だったりするんですが、これもまた然り。こういう作り込みの細かさとかテクニカルな部分ってのは、観ていてもわかりやすいし、評価もしやすいポイントなんですけど、あまりに作り込まれすぎた世界には観る側の感情を差し挟む余地がありません。行間読もうと思ったらそこまでびっちり文字がつまってる!読めねえ!って感じになるわけです。するとやっぱり叙情性ってのは損なわれる。本作の印象だってガラっと変わる、というかそりゃもう全然別の作品になっちまいますな。
で、その辺考えていくと、このゆるさがあってこその「叙情性」であるということになります。で、叙情性を大事にするがゆえに詳細に立ち入ることを避けたのであれば、これはこれでありなのかなあ、という気がしてくる。まあね、いかにも甘酸っぱいセンチメンタルというか、なんとなーくソレっぽいシーンを寄せ集めてつなぎ合わせただけなんじゃねえのか、という意地悪な見方もできるんですけどね。そうは言いつつもここまで徹底しているのであれば、好き嫌いは別としてアリかな、ということはできると思います。わかっててやってるのかどうかは疑問ですけど。
というのも、そういう考え方をしてみると、ちょっとこの素材はどうなのよ、という気がしてきてしまうからなんですね。パラレルワールドみたいにある程度の説明が必須な題材ってのは、叙情性を特徴とする新海誠には合わないんじゃないか。本作の評価はけっこう両極端なんですけど、それはこの食い合わせの悪さに起因するものと思います。もうちょっと狭い世界をじっくり描いた方が合いそうなんですが。
そんなわけでぶっちゃけた話、次作の「秒速5センチメートル」の方が新海誠の作風には合ってるんですよね。あっちはあっちでまあ、いろいろと言いたくなることのある作品なんですけど、こと作風とのマッチングという面で見ると本作よりはよいと思う。
とはいっても偏りのある作風なのは確かなんで、好き嫌いははっきり別れると思います。合う人はどっぷりハマれるだろうし、ダメな人はとことんダメでしょう。本作は題材と作風とのアンバランスさもあって、それがより顕著な作品になっているってことなんじゃないかな。
要するに微妙な評価、ってことなんですけども、ま、あんまり難しいこと考えずに、ゆるーい気持ちで観るとよいんじゃないでしょうかね。やっぱり絵がキレイなんですよ。それだけでも観る価値があると言えるくらいに。

秒速5センチメートル 通常版 [DVD]

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